平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
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ほんとは、すんごく楽しかったpetit tripの日記を書こうとしたのですが、写真をUPしようとしたらアクセス集中で時間がかかり、しかも写真が大量なので、後日にします。(無事アップロードはできました)
今日は、ぼやき・・・になるかもしれないけど、自分自身についての「気づき」について書こうかと。
明日は忙しいので、ささっと。
今の職場に入って、2年半が経ちました。
介護職員として採用され、今も介護職員ですが、一応「ちょこっと作業療法士」の顔も持たせていただき。
そんな中、職場の問題点について、自分なりに一生懸命考えていました。
職員さんが「介護職員」として働く上での問題点。
私自身は皆さんにとてもよくしていただいてるし、感謝していますが、「高齢者と接するプロ」として、その態度はどうなのかな・・・と感じることがいろいろとあり。
はっきり言って、高齢者と接することは難しいです。
年を重ねると、人間は頑固になり、わがままになる。
その上、「認知症」というものも抱えるようになる。
だから、想像以上に職員は振り回されるし、それに対応することは結構過酷です。
・・・でも、違うんじゃないか?
それは言っちゃいけないんじゃないか?
そういう態度で接することは、利用者さんにだけでなく、職員さん自身にとってもよくないことでは?
ということで、ちょこっと作業療法士、あれこれ考え悩んだ結果、文章を作りました。
「よりよい関係を作るためのヒント」となりそうなことを、書いた。
介護の世界ではおそらく学ばないことについて、かなり平たい言葉で書いた。
・・・という形で、職場に問題提起をしたわけです。
言葉は柔らかくても、「ちょっと直していこうよ」という内容に、結果的にはなった。
でも、微力ながら職場環境の改善、介護の質の向上のために、自分にできることをしたいと。
コピー用紙を切らしていた私は、楽譜を印刷した裏紙にそれを印刷し(笑)、とりあえず部長に提出。
どうなるかはわからないけど、これはプロトタイプとして読んでほしい、と。
昨日、部長さんに会えたので「どうでしたか」と尋ねたら、
なんと、次の主任副主任会議に私が作った文章を持ち込むと。
とても、勉強になる内容だったと。
部長さん自身、今の職場環境にものすごい問題を感じている方なので(感じ方は私と似ているし、似ていない)、反応としてはとてもありがたいものでした。
私を買ってもらえた、と、嬉しく思いました。
が・・・
部長さんは、「私が問題提起した」ことは伏せると言うのです。
私は、「言ってくれて構わない」と言いました。
でも、部長さんは私に反発する職員さんが出てくること、批判の矛先が私に向かうことを、とても危惧されており。
「短時間しか働いてない人間に何がわかるんだ」と言われかねないことを、私に負わせるのは酷だと。
そこまで考えてくださるのは、ありがたいことです。
でも、正直、ものすごく悔しかった。
私は非常勤の下っ端だ。
当然、私にはわからないことは、あると思う。
でも、私は、「自分が学んだこと、そして自分自身が経験したこと」を文章にした。
それは、おそらく今の職場では、私しか知らないことであり(実際スピード出世した部長さんですら知らなかった)、「知識と経験に裏打ちされた」という意味では、私以外が発するのは違うんじゃないか?
私はこの文章を書いた時点で、「問題山積の職場」に対して「私がこう考えたんです」と主張する「覚悟」をしていたんだよ?
悔しくなった自分から、気付いた。
私はひそかに、もんのすごくプライドが高い。
そして、「作業療法士」を名乗ることに半端なく自信がないと思っていたけれど、自分自身が「作業療法士」であること、その立場から何かを発信することに責任を持とうとしていたこと、そういった行動を取ろうとする自分を認めてもらいたいこと・・・そんな「欲望」が実は存在していたんだ、ということに気付いたんです。
下っ端でいい、とずーっと思っていたはずなのに。
上に立つことは苦手なのに。
「先生」と呼ばれることが辛くて辛くてつぶれたことも、あったのに。
(今も呼ばれたくはないけど)
全然話は飛びますが、もうすぐ退職する若い職員さんが
「ここにいてももう上はつかえてる、自分が上がれる余地はない」
とこっそり白状してくれました。
その時、若いのに出世についても考えてるんだ…と驚きと同時に感心したんですが。
実は、私もそうなのかも?
ただぼんやり指示された仕事をこなすだけの生活から、脱皮したいのかも?
今回のことで、自分の中に眠っていた部分が冬眠から覚めたっぽいことに、気付いちゃったよーん。
まっ、どうなるかわからないけど、頑張ります~。
寝る。
今日は、ぼやき・・・になるかもしれないけど、自分自身についての「気づき」について書こうかと。
明日は忙しいので、ささっと。
今の職場に入って、2年半が経ちました。
介護職員として採用され、今も介護職員ですが、一応「ちょこっと作業療法士」の顔も持たせていただき。
そんな中、職場の問題点について、自分なりに一生懸命考えていました。
職員さんが「介護職員」として働く上での問題点。
私自身は皆さんにとてもよくしていただいてるし、感謝していますが、「高齢者と接するプロ」として、その態度はどうなのかな・・・と感じることがいろいろとあり。
はっきり言って、高齢者と接することは難しいです。
年を重ねると、人間は頑固になり、わがままになる。
その上、「認知症」というものも抱えるようになる。
だから、想像以上に職員は振り回されるし、それに対応することは結構過酷です。
・・・でも、違うんじゃないか?
それは言っちゃいけないんじゃないか?
そういう態度で接することは、利用者さんにだけでなく、職員さん自身にとってもよくないことでは?
ということで、ちょこっと作業療法士、あれこれ考え悩んだ結果、文章を作りました。
「よりよい関係を作るためのヒント」となりそうなことを、書いた。
介護の世界ではおそらく学ばないことについて、かなり平たい言葉で書いた。
・・・という形で、職場に問題提起をしたわけです。
言葉は柔らかくても、「ちょっと直していこうよ」という内容に、結果的にはなった。
でも、微力ながら職場環境の改善、介護の質の向上のために、自分にできることをしたいと。
コピー用紙を切らしていた私は、楽譜を印刷した裏紙にそれを印刷し(笑)、とりあえず部長に提出。
どうなるかはわからないけど、これはプロトタイプとして読んでほしい、と。
昨日、部長さんに会えたので「どうでしたか」と尋ねたら、
なんと、次の主任副主任会議に私が作った文章を持ち込むと。
とても、勉強になる内容だったと。
部長さん自身、今の職場環境にものすごい問題を感じている方なので(感じ方は私と似ているし、似ていない)、反応としてはとてもありがたいものでした。
私を買ってもらえた、と、嬉しく思いました。
が・・・
部長さんは、「私が問題提起した」ことは伏せると言うのです。
私は、「言ってくれて構わない」と言いました。
でも、部長さんは私に反発する職員さんが出てくること、批判の矛先が私に向かうことを、とても危惧されており。
「短時間しか働いてない人間に何がわかるんだ」と言われかねないことを、私に負わせるのは酷だと。
そこまで考えてくださるのは、ありがたいことです。
でも、正直、ものすごく悔しかった。
私は非常勤の下っ端だ。
当然、私にはわからないことは、あると思う。
でも、私は、「自分が学んだこと、そして自分自身が経験したこと」を文章にした。
それは、おそらく今の職場では、私しか知らないことであり(実際スピード出世した部長さんですら知らなかった)、「知識と経験に裏打ちされた」という意味では、私以外が発するのは違うんじゃないか?
私はこの文章を書いた時点で、「問題山積の職場」に対して「私がこう考えたんです」と主張する「覚悟」をしていたんだよ?
悔しくなった自分から、気付いた。
私はひそかに、もんのすごくプライドが高い。
そして、「作業療法士」を名乗ることに半端なく自信がないと思っていたけれど、自分自身が「作業療法士」であること、その立場から何かを発信することに責任を持とうとしていたこと、そういった行動を取ろうとする自分を認めてもらいたいこと・・・そんな「欲望」が実は存在していたんだ、ということに気付いたんです。
下っ端でいい、とずーっと思っていたはずなのに。
上に立つことは苦手なのに。
「先生」と呼ばれることが辛くて辛くてつぶれたことも、あったのに。
(今も呼ばれたくはないけど)
全然話は飛びますが、もうすぐ退職する若い職員さんが
「ここにいてももう上はつかえてる、自分が上がれる余地はない」
とこっそり白状してくれました。
その時、若いのに出世についても考えてるんだ…と驚きと同時に感心したんですが。
実は、私もそうなのかも?
ただぼんやり指示された仕事をこなすだけの生活から、脱皮したいのかも?
今回のことで、自分の中に眠っていた部分が冬眠から覚めたっぽいことに、気付いちゃったよーん。
まっ、どうなるかわからないけど、頑張ります~。
寝る。
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