平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
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しばらく日記から離れていましたが、spicaは元気でやっております。
あたたかい励ましのメッセージを下さった方、ありがとうございます。
叔父のことは辛い出来事でしたが、楽しかった思い出を大切にしていきます。
これからも応援してくださいね。
さて、別の話に移ろうと思いますが。
なにを書こうか、全然決まらないままPCに向かっているのであります(゜ー゜;Aアセアセ
・・・3分考えた結果、今ちょっと悩んでいることを書こうと思います。
「悩み」といっても、それだからってうじうじしている訳ではないのでご安心を。
それで何を悩んでいるのかと申しますと。
大学時代の友達が、躁うつ病に苦しんでいます。
その子は私より1年先に入学して、私と同じく3年生で留年し、私より1年早く卒業していきました。
留年した時はきっと「鬱」だったのだと思います。
でも最近また連絡を取り合うようになって、当初は彼女も鬱状態に苦しんでいたのですが、
最近、ドクターに「躁のスイッチが入った」と言われたらしいのです。
そのことを聞いたときは、「ああ、躁転かあ・・・心配だ」と思ってたのですが、電話で話す彼女の口調は躁状態とは思えないほど落ち着いていました。
でも、「失恋した相手をあきらめない。追いかける」と言うあたり、やはり楽天的になり過ぎの傾向はあるのでしょうか。
私は自分が鬱しか経験していないし、実習などで担当したのは統合失調症の患者さんだけ。
「躁」というものがわからないのです。
でも、なにもできない役立たずな私だけど、友達の話を聞くことだけはできます。
話したい時は、いつでも話してもらおう。愚痴でも悩みでも。私でよければだけど。
鬱状態から抜け出し活動的になりかけている彼女にこんなメールを送りました。
「『頑張らないでちょびっと元気』くらいが私自身はちょうどいいです(^^ゞ」
友達は、「すごい名言だと思う!私頑張ることしか考えてなかった」と言ってくれました。
鬱でも躁でもどうしても頑張っちゃいがちだけど、ちょっと息抜きも必要かな、と思って軽い気持ちで送りました。でも喜んでもらえてよかった〜!!
苦しんでる友達にかける言葉はどうしても選んでしまいがちだけど、私も肩の力を抜いて、でも親身になって一緒に良くなることを考えていきたいです。
またちょっとシリアスな話になってしまいました。
元気に、のん気に、あっけらかんとまた日記をつけていきますね。
あたたかい励ましのメッセージを下さった方、ありがとうございます。
叔父のことは辛い出来事でしたが、楽しかった思い出を大切にしていきます。
これからも応援してくださいね。
さて、別の話に移ろうと思いますが。
なにを書こうか、全然決まらないままPCに向かっているのであります(゜ー゜;Aアセアセ
・・・3分考えた結果、今ちょっと悩んでいることを書こうと思います。
「悩み」といっても、それだからってうじうじしている訳ではないのでご安心を。
それで何を悩んでいるのかと申しますと。
大学時代の友達が、躁うつ病に苦しんでいます。
その子は私より1年先に入学して、私と同じく3年生で留年し、私より1年早く卒業していきました。
留年した時はきっと「鬱」だったのだと思います。
でも最近また連絡を取り合うようになって、当初は彼女も鬱状態に苦しんでいたのですが、
最近、ドクターに「躁のスイッチが入った」と言われたらしいのです。
そのことを聞いたときは、「ああ、躁転かあ・・・心配だ」と思ってたのですが、電話で話す彼女の口調は躁状態とは思えないほど落ち着いていました。
でも、「失恋した相手をあきらめない。追いかける」と言うあたり、やはり楽天的になり過ぎの傾向はあるのでしょうか。
私は自分が鬱しか経験していないし、実習などで担当したのは統合失調症の患者さんだけ。
「躁」というものがわからないのです。
でも、なにもできない役立たずな私だけど、友達の話を聞くことだけはできます。
話したい時は、いつでも話してもらおう。愚痴でも悩みでも。私でよければだけど。
鬱状態から抜け出し活動的になりかけている彼女にこんなメールを送りました。
「『頑張らないでちょびっと元気』くらいが私自身はちょうどいいです(^^ゞ」
友達は、「すごい名言だと思う!私頑張ることしか考えてなかった」と言ってくれました。
鬱でも躁でもどうしても頑張っちゃいがちだけど、ちょっと息抜きも必要かな、と思って軽い気持ちで送りました。でも喜んでもらえてよかった〜!!
苦しんでる友達にかける言葉はどうしても選んでしまいがちだけど、私も肩の力を抜いて、でも親身になって一緒に良くなることを考えていきたいです。
またちょっとシリアスな話になってしまいました。
元気に、のん気に、あっけらかんとまた日記をつけていきますね。
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写真をupすると言っておきながら、日にちが経ってしまいました。すみません。
昨日お通夜、今日告別式でした。それでばたばたしておりました。
今日、最後のお別れをしてきました。
遺影の叔父はやはりものすごーくハンサムでした。
叔父の初孫のAちゃんのお宮参りの時に撮った写真だそうです。
我が妹の結婚式の集合写真と迷ったそうですが、可愛い孫と一緒に写った叔父はきっと嬉しい気持ちを隠せなかったんでしょうね。素敵な写真でした。
病との闘いを終えた叔父の顔は、私には「凛々しく」見えました。
母は今日は「寂しそう」に見えたそうです。やはり家族やみんなとのお別れは叔父も寂しかったのかもしれません。
人によって見え方が違うんですね。
でも叔父はやはり悔しかったのか、今日の東京の天気は晴れと言ってたのにくもりに時折雨が混じっていました。なんとなく叔父の気持ちが天気からも伝わってきました。
10月に胃がんがわかり、11月の精密検査でもう手術できない状態と診断され、年内もつか・・・とまで言われていたのに、2月17日まで、本当に、ものすごく頑張って生きてくれました。
あっという間の3ヶ月だったかもしれないけど、私たちにとってもかけがえのない3ヶ月だったと思います。
心から「お疲れ様でした」と言いたいです。
叔父は口数が多い人ではありませんでしたが、私たちが小さい頃は本当に可愛がってくれました。
お正月には、いつも手品をしてくれました。タネもしっかり教えてくれました。
そして、upすると言ったマッチ棒を使った「はしご作り」も昔教わったものです。
写真がうまく撮れなかったのでまた時間があったら撮り直しますがひとますこれで。

奥が2段、手前右が3段、左が4段ばしごです(わかるかな??)
接着剤は一切使っていないのですぐ崩れます。手先が器用な叔父ならではの遊びです。
私は5段までしか作れたことがありません。
叔父はたしか「7段で日本記録、8段で世界記録」と言ってました。
それが本当かどうかはわかりませんが・・・。
なんだか、昔遊んでくれたことが今頭の中をぐるぐる回っています。
叔父の手さばきを、いつも夢中になって見ていた頃を懐かしく思い返しています。
叔父さん、今まで本当にありがとうございました。
私たちを可愛がってくれて、とてもとても感謝しています。
病魔は冷酷ですね。でも、辛い苦しい思いをよく耐えぬき、私に「生きたい」という強い気持ちを見せてくれました。
私も、弱いけど辛抱強く生きます。
病気のない天国で、ゆっくり休みながら私たちを見守って下さいね。
じゃあ休めないって?ごめんなさい。矛盾だらけですね。
叔母さんのことは、まあ兄ちゃんとてっちゃんがいるから大丈夫。安心してね。
本当に、本当にお疲れ様でした。そしてありがとう。
昨日お通夜、今日告別式でした。それでばたばたしておりました。
今日、最後のお別れをしてきました。
遺影の叔父はやはりものすごーくハンサムでした。
叔父の初孫のAちゃんのお宮参りの時に撮った写真だそうです。
我が妹の結婚式の集合写真と迷ったそうですが、可愛い孫と一緒に写った叔父はきっと嬉しい気持ちを隠せなかったんでしょうね。素敵な写真でした。
病との闘いを終えた叔父の顔は、私には「凛々しく」見えました。
母は今日は「寂しそう」に見えたそうです。やはり家族やみんなとのお別れは叔父も寂しかったのかもしれません。
人によって見え方が違うんですね。
でも叔父はやはり悔しかったのか、今日の東京の天気は晴れと言ってたのにくもりに時折雨が混じっていました。なんとなく叔父の気持ちが天気からも伝わってきました。
10月に胃がんがわかり、11月の精密検査でもう手術できない状態と診断され、年内もつか・・・とまで言われていたのに、2月17日まで、本当に、ものすごく頑張って生きてくれました。
あっという間の3ヶ月だったかもしれないけど、私たちにとってもかけがえのない3ヶ月だったと思います。
心から「お疲れ様でした」と言いたいです。
叔父は口数が多い人ではありませんでしたが、私たちが小さい頃は本当に可愛がってくれました。
お正月には、いつも手品をしてくれました。タネもしっかり教えてくれました。
そして、upすると言ったマッチ棒を使った「はしご作り」も昔教わったものです。
写真がうまく撮れなかったのでまた時間があったら撮り直しますがひとますこれで。

奥が2段、手前右が3段、左が4段ばしごです(わかるかな??)
接着剤は一切使っていないのですぐ崩れます。手先が器用な叔父ならではの遊びです。
私は5段までしか作れたことがありません。
叔父はたしか「7段で日本記録、8段で世界記録」と言ってました。
それが本当かどうかはわかりませんが・・・。
なんだか、昔遊んでくれたことが今頭の中をぐるぐる回っています。
叔父の手さばきを、いつも夢中になって見ていた頃を懐かしく思い返しています。
叔父さん、今まで本当にありがとうございました。
私たちを可愛がってくれて、とてもとても感謝しています。
病魔は冷酷ですね。でも、辛い苦しい思いをよく耐えぬき、私に「生きたい」という強い気持ちを見せてくれました。
私も、弱いけど辛抱強く生きます。
病気のない天国で、ゆっくり休みながら私たちを見守って下さいね。
じゃあ休めないって?ごめんなさい。矛盾だらけですね。
叔母さんのことは、まあ兄ちゃんとてっちゃんがいるから大丈夫。安心してね。
本当に、本当にお疲れ様でした。そしてありがとう。
今日の朝4:32に、大好きな叔父が亡くなりました。
昨日の夜が山場だと電話がきて、父と母は最後のお見舞いに行きました。
私も行きたかったのですが、連絡を待つように諭されました。
父と母は12時過ぎに帰ってきました。呼吸も安定して、あとは家族で見守るということで。
そして今朝、亡くなったと連絡がありました。
自分が想像していたより、ずっと穏やかな気持ちで聞くことができました。
そっか、病気との苦しい、つらい闘いが終わったんだな。
叔父が亡くなった頃、私は夢の中で、何故か赤ちゃんのおむつ替えをしていました。
誰の赤ちゃんかわかりませんが、多分妹の赤ちゃんだと思います。
そしてこれもまた謎なのですが、私は父とふたりでおむつ替えをしていました(笑)
よく父は「夜中はおっかあ(=母)が起きないからお父さんがおむつ替えてやったんだぞぉ」と恩着せがましく(?)言います。それが影響したのでしょうか。
夢からさめて、現実をつきつける電話が鳴り、父と母は朝食をとった後また叔父のところへ出かけていきました。
私は、持っていた伯母の形見の喪服が太って入らなくなっちゃったので買い物に行きました。
新しく喪服と、黒のストッキングを買い、帰って一息つくかつかないかの間に歯医者に行きました。
なんだか動いてなきゃいけないような気がしたんです。
いつも鬱々としてる時はまったく動けないのに。
今日は、動いてたかった。家にひとりで閉じこもってくよくよ考えてたくなかった。
そして、全ての用事を済ませて家に帰ってから、マッチ棒で「はしご」作りをしました。
私がたしか小学校の低学年くらいの頃に叔父が教えてくれた遊びです。
ひさしぶりにやったら、下手くそになっちゃってました。
明日にでも「はしご」の写真upしますね。
夜、帰ってきた母に聞いたら、最期は叔母、まあ兄ちゃん、てっちゃんと家族揃って看取ったそうです。
叔父は苦しみから解放され、元のハンサムな顔に戻っているとか。
病気で痛く、苦しいのをあまり口に出さなかった叔父ですが、病魔のせいで最近は形相が変わっていました。よほど辛かったのだと思います。
でもやっぱりハンサムなんだなあ。今は楽になって、穏やかな表情を浮かべていると思います。
はやく叔父に会って「お疲れ様でした」と言いたいです。本当によく闘い抜いたと。
それから「ありがとう」もちゃんと言わなきゃ。たくさん可愛がってもらったもん。
妹はもう8ヶ月です。
お腹が大きくて手持ちの喪服が入らないし、体調を最優先にして無理しないでいいよと母も言ってるのですが、私が入らなくなった喪服が入ればそれを着て式に出たいと言ってます。
我が家には赤ちゃん小物の手編みの本が本棚に仲間入りしました。
メリーゴーランドもやってきました。
少しずつ準備は整い始めています。
それが「時の流れ」なんですね。
流れに逆らわず、でも自分の意思をもってこれからも私は私なりに生きていこうと思います。
叔父の死で、そんなことを考えた一日でした。
昨日の夜が山場だと電話がきて、父と母は最後のお見舞いに行きました。
私も行きたかったのですが、連絡を待つように諭されました。
父と母は12時過ぎに帰ってきました。呼吸も安定して、あとは家族で見守るということで。
そして今朝、亡くなったと連絡がありました。
自分が想像していたより、ずっと穏やかな気持ちで聞くことができました。
そっか、病気との苦しい、つらい闘いが終わったんだな。
叔父が亡くなった頃、私は夢の中で、何故か赤ちゃんのおむつ替えをしていました。
誰の赤ちゃんかわかりませんが、多分妹の赤ちゃんだと思います。
そしてこれもまた謎なのですが、私は父とふたりでおむつ替えをしていました(笑)
よく父は「夜中はおっかあ(=母)が起きないからお父さんがおむつ替えてやったんだぞぉ」と恩着せがましく(?)言います。それが影響したのでしょうか。
夢からさめて、現実をつきつける電話が鳴り、父と母は朝食をとった後また叔父のところへ出かけていきました。
私は、持っていた伯母の形見の喪服が太って入らなくなっちゃったので買い物に行きました。
新しく喪服と、黒のストッキングを買い、帰って一息つくかつかないかの間に歯医者に行きました。
なんだか動いてなきゃいけないような気がしたんです。
いつも鬱々としてる時はまったく動けないのに。
今日は、動いてたかった。家にひとりで閉じこもってくよくよ考えてたくなかった。
そして、全ての用事を済ませて家に帰ってから、マッチ棒で「はしご」作りをしました。
私がたしか小学校の低学年くらいの頃に叔父が教えてくれた遊びです。
ひさしぶりにやったら、下手くそになっちゃってました。
明日にでも「はしご」の写真upしますね。
夜、帰ってきた母に聞いたら、最期は叔母、まあ兄ちゃん、てっちゃんと家族揃って看取ったそうです。
叔父は苦しみから解放され、元のハンサムな顔に戻っているとか。
病気で痛く、苦しいのをあまり口に出さなかった叔父ですが、病魔のせいで最近は形相が変わっていました。よほど辛かったのだと思います。
でもやっぱりハンサムなんだなあ。今は楽になって、穏やかな表情を浮かべていると思います。
はやく叔父に会って「お疲れ様でした」と言いたいです。本当によく闘い抜いたと。
それから「ありがとう」もちゃんと言わなきゃ。たくさん可愛がってもらったもん。
妹はもう8ヶ月です。
お腹が大きくて手持ちの喪服が入らないし、体調を最優先にして無理しないでいいよと母も言ってるのですが、私が入らなくなった喪服が入ればそれを着て式に出たいと言ってます。
我が家には赤ちゃん小物の手編みの本が本棚に仲間入りしました。
メリーゴーランドもやってきました。
少しずつ準備は整い始めています。
それが「時の流れ」なんですね。
流れに逆らわず、でも自分の意思をもってこれからも私は私なりに生きていこうと思います。
叔父の死で、そんなことを考えた一日でした。
先日フルートの演奏会に行った訳ですが。
開演が16時からと微妙な時間だっため、演奏を聴いてる間にお腹が鳴らないように私とCちゃんは早めに待ち合わせして腹ごしらえをしました。
その間中、2人でいろんな話をしました。私とCちゃんが共通して大好きなラーメンズの話とか、私が最近アンジャッシュの渡部さんがかなり好きなこととか。
そして、韓国ドラマの話にもなりました。
韓国ドラマといえば、どちらかといえば主婦層に大人気のはずなのですが・・・。
私は「美しき日々」、Cちゃんは「天国の階段」にハマっているのです(注:ふたりとも独身)。
私は「冬ソナ」も全部見ました。いつの間にか全部見てしまいました。
見ようと思ったきっかけは、私は元々NHKの海外ドラマが好きなんですね。
高校時代は「ビバリーヒルズ高校白書」にどっぷりつかっておりました。
なので、同じくくりのつもりで、軽い気持ちで見始めたのです。
それが・・・ビバヒルとは全然違う世界だけど、またもやどっぷり・・・。
でも、「美しき日々」は最初見て「冬ソナに比べたらあんまり・・・」と思い2話くらい見なかったのですが、ふたたび見始めてしまい、今や冬ソナ以上にハマってるかもしれません。
そして、主人公のイ・ビョンホンさんよりも、義弟役のリュ・シウォンさんに肩入れしております。
Cちゃんに「リュ・シウォンさんがぁ〜」と言ったら、Cちゃんは
「えっ、韓流スターのなかでも一番いけてない人だよね?」
と厳しいお言葉。
私も最初はそう思ってたんだけどさぁ、ドラマ見てたらあまりに背負っている荷物が重そうで、でもチェ・ジウさんを一途に想ってて、応援したくなっちゃうのよね〜。
対する「天国の階段」派のCちゃんは、「ありえない話だと思いつつもハマってしまった」と言ってました。
会社の同僚の子も、ついにはご両親までハマって見ているそうです。
いいなあ、家族で一緒にドラマ見られて。我が家はみんなバラバラだからなあ。
母は相変わらずサスペンス一辺倒だし、父はケーブルテレビの「時代劇チャンネル」ばっかりだし。
韓国ドラマ面白いのにぃ。
でも父は「あのチェ・ジウさんは綺麗だなぁ」と少し鼻の下を伸ばしています(笑)
ついでに父は、ヨン様を「ヨンさん」と呼びます。親しみをこめているのか??
そういえばもっかんず忘年会で、もう一人のもっかんずメンバーAbも「天国の階段」ハマってる
って言ってたなぁ。2対1だ。でも私は私の道を行こう。
Cちゃんは「なんだかんだ言って韓流ブームに完全に乗っている。本気で韓国行きたい」
と言ってました。
ここまできたら、行ってほしい!そして私達世代にももっと韓国ドラマをアピールしてほしい!!
Cちゃん、親善大使になっておくれ(笑)
これからドラマも山場です。今後もばっちり見ようと思います。
草?くんも韓国好きだしね。共通点があってウレシイ♪
(あっ、韓国ドラマが好きとは言ってないかも・・・(゜ー゜;Aアセアセ)
開演が16時からと微妙な時間だっため、演奏を聴いてる間にお腹が鳴らないように私とCちゃんは早めに待ち合わせして腹ごしらえをしました。
その間中、2人でいろんな話をしました。私とCちゃんが共通して大好きなラーメンズの話とか、私が最近アンジャッシュの渡部さんがかなり好きなこととか。
そして、韓国ドラマの話にもなりました。
韓国ドラマといえば、どちらかといえば主婦層に大人気のはずなのですが・・・。
私は「美しき日々」、Cちゃんは「天国の階段」にハマっているのです(注:ふたりとも独身)。
私は「冬ソナ」も全部見ました。いつの間にか全部見てしまいました。
見ようと思ったきっかけは、私は元々NHKの海外ドラマが好きなんですね。
高校時代は「ビバリーヒルズ高校白書」にどっぷりつかっておりました。
なので、同じくくりのつもりで、軽い気持ちで見始めたのです。
それが・・・ビバヒルとは全然違う世界だけど、またもやどっぷり・・・。
でも、「美しき日々」は最初見て「冬ソナに比べたらあんまり・・・」と思い2話くらい見なかったのですが、ふたたび見始めてしまい、今や冬ソナ以上にハマってるかもしれません。
そして、主人公のイ・ビョンホンさんよりも、義弟役のリュ・シウォンさんに肩入れしております。
Cちゃんに「リュ・シウォンさんがぁ〜」と言ったら、Cちゃんは
「えっ、韓流スターのなかでも一番いけてない人だよね?」
と厳しいお言葉。
私も最初はそう思ってたんだけどさぁ、ドラマ見てたらあまりに背負っている荷物が重そうで、でもチェ・ジウさんを一途に想ってて、応援したくなっちゃうのよね〜。
対する「天国の階段」派のCちゃんは、「ありえない話だと思いつつもハマってしまった」と言ってました。
会社の同僚の子も、ついにはご両親までハマって見ているそうです。
いいなあ、家族で一緒にドラマ見られて。我が家はみんなバラバラだからなあ。
母は相変わらずサスペンス一辺倒だし、父はケーブルテレビの「時代劇チャンネル」ばっかりだし。
韓国ドラマ面白いのにぃ。
でも父は「あのチェ・ジウさんは綺麗だなぁ」と少し鼻の下を伸ばしています(笑)
ついでに父は、ヨン様を「ヨンさん」と呼びます。親しみをこめているのか??
そういえばもっかんず忘年会で、もう一人のもっかんずメンバーAbも「天国の階段」ハマってる
って言ってたなぁ。2対1だ。でも私は私の道を行こう。
Cちゃんは「なんだかんだ言って韓流ブームに完全に乗っている。本気で韓国行きたい」
と言ってました。
ここまできたら、行ってほしい!そして私達世代にももっと韓国ドラマをアピールしてほしい!!
Cちゃん、親善大使になっておくれ(笑)
これからドラマも山場です。今後もばっちり見ようと思います。
草?くんも韓国好きだしね。共通点があってウレシイ♪
(あっ、韓国ドラマが好きとは言ってないかも・・・(゜ー゜;Aアセアセ)
今日、もっかんずメンバーのE子(高校時代私と同じフルートパートだった)が所属しているフルートアンサンブルの演奏会にやはりもっかんずのCちゃん(元クラリネット)と一緒に行ってまいりました。
私も中学・高校時代にフルートアンサンブルに入っていたのですが、その発表会とは比べものにならないほど豪華なステージです。
3部まであり、1部はソロや少人数のアンサンブル、2部、3部は曲にもよりましたがほぼフルメンバー(30人くらいいるらしい。もはやフルートオーケストラ状態)での演奏でした。
いろんなジャンルの曲をたっくさん聴いてきました。
フルートっていろんな曲をフルート用に編曲した楽譜が多いんですよね。嬉しいことに。
オーケストラの曲もフルートでできちゃう。面白いものです。
E子を私が本当に尊敬してしまうのは、好きなことをしっかり続けていること。
書道も、フルートも。そして新しく始めたゴスペルも。
私もずっとピアノと習字は続けてましたが、高2の時腱鞘炎になって離れてしまって以来ほとんどやってません。
フルートも「一生続ける!」と思ってたのに、大学1年の時は3時間かけて通学してしまったためサークルに入れず、結局続けられませんでした。
だからE子を尊敬するとともに、ちょぴりうらやましくもあります。
同じくもっかんずのMちゃんの結婚式でもっかんずの他のメンバーでグノーのアヴェマリアを演奏したのですが、その練習を我が家でやってたんですね。
その練習を隣の部屋で聴いてた父は、
「お前と違ってE子さんのフルートは全然音にハリがあるなあ。
練習するとしないとではこれだけ差が出るんだぞ」
と私に厳しい事を言いました。
確かに1日練習しないと取り戻すのに2日かかるなんていったもんね。
私にはもう昔の音色は出せないのかな・・・。
でもいつか復活するよ。バリバリのでかい音鳴らしてみせるからね!
指導の先生は、終わったあとの挨拶で泣いていました。
膠原病で入院していた時期もあったそうです。
私の悪い癖で、「膠原病」と聞いた途端「SLE(全身性エリテマトーデス)だろうか・・・?」などと考えてしまいました。
でもその難病を乗り越えて演奏会が開けたことが、きっと本当に嬉しかったんでしょうね。
これからもいい音楽のために、元気で活躍していただきたいです。
なんだか具体的な曲の感想を書けずに終わってしまいそうです(゜ー゜;Aアセアセ
でも、フルートを楽しんでる皆さんがとてもうらやましく思いました。
ただひとつだけ注文。
衣裳いっぱい着替えるのは華やかでいいけど、休憩時間は短めにね(笑)
だってさあ、私合唱団の時休憩無しで1部と2部の間に浴衣に着替えたよ。
20分と15分休憩取ったら長いっしょ。なんてね。
またまた音楽に関係ない話でした。
E子へ。今日はお疲れ様でした。楽しかったよん。
これからもいい音楽を楽しんでくださいね。
いつか追いつくぞー!
私も中学・高校時代にフルートアンサンブルに入っていたのですが、その発表会とは比べものにならないほど豪華なステージです。
3部まであり、1部はソロや少人数のアンサンブル、2部、3部は曲にもよりましたがほぼフルメンバー(30人くらいいるらしい。もはやフルートオーケストラ状態)での演奏でした。
いろんなジャンルの曲をたっくさん聴いてきました。
フルートっていろんな曲をフルート用に編曲した楽譜が多いんですよね。嬉しいことに。
オーケストラの曲もフルートでできちゃう。面白いものです。
E子を私が本当に尊敬してしまうのは、好きなことをしっかり続けていること。
書道も、フルートも。そして新しく始めたゴスペルも。
私もずっとピアノと習字は続けてましたが、高2の時腱鞘炎になって離れてしまって以来ほとんどやってません。
フルートも「一生続ける!」と思ってたのに、大学1年の時は3時間かけて通学してしまったためサークルに入れず、結局続けられませんでした。
だからE子を尊敬するとともに、ちょぴりうらやましくもあります。
同じくもっかんずのMちゃんの結婚式でもっかんずの他のメンバーでグノーのアヴェマリアを演奏したのですが、その練習を我が家でやってたんですね。
その練習を隣の部屋で聴いてた父は、
「お前と違ってE子さんのフルートは全然音にハリがあるなあ。
練習するとしないとではこれだけ差が出るんだぞ」
と私に厳しい事を言いました。
確かに1日練習しないと取り戻すのに2日かかるなんていったもんね。
私にはもう昔の音色は出せないのかな・・・。
でもいつか復活するよ。バリバリのでかい音鳴らしてみせるからね!
指導の先生は、終わったあとの挨拶で泣いていました。
膠原病で入院していた時期もあったそうです。
私の悪い癖で、「膠原病」と聞いた途端「SLE(全身性エリテマトーデス)だろうか・・・?」などと考えてしまいました。
でもその難病を乗り越えて演奏会が開けたことが、きっと本当に嬉しかったんでしょうね。
これからもいい音楽のために、元気で活躍していただきたいです。
なんだか具体的な曲の感想を書けずに終わってしまいそうです(゜ー゜;Aアセアセ
でも、フルートを楽しんでる皆さんがとてもうらやましく思いました。
ただひとつだけ注文。
衣裳いっぱい着替えるのは華やかでいいけど、休憩時間は短めにね(笑)
だってさあ、私合唱団の時休憩無しで1部と2部の間に浴衣に着替えたよ。
20分と15分休憩取ったら長いっしょ。なんてね。
またまた音楽に関係ない話でした。
E子へ。今日はお疲れ様でした。楽しかったよん。
これからもいい音楽を楽しんでくださいね。
いつか追いつくぞー!

