平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
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昨日のYahooのニュースで、ヤクルトの古田敦也選手がブログを始めたとのこと。
古田選手は私も大好きで(野球のルールはちんぷんかんぷんだけど)、球界再編問題では大活躍を見せ、ブログにも載ってるお正月のスポーツマン?.1決定戦でも最年長ながら跳び箱跳ぶし頭はいいしすごいカッコいい
と思っていました。
その古田選手が、ブログ仲間になるみたい。
勝手に仲間って思ってるけど。
その古田選手が公言したライバルが、眞鍋かをりさん。
こないだ「徹子の部屋」に出てた時も言ってましたが、眞鍋さんのブログはトラックバック数が日本一なんだそうで。
飾らない文体で、人気を集めてるんでしょうね。
古田選手は眞鍋さんより多くのトラックバックを狙う!とおっしゃってます。
果たしてどっちのブログに軍配が上がるのでしょうか!?
どちらのブログも気になり始めたので、私もトラックバックしてみました。
あんまり意味わかってないのですが(汗
・・・忘れちゃいけません、私もブログ書いてるのです!
つまりお二方のライバルなのですよ(笑)
でもなあ、ブログ始めて約半年だけどトラックバックしていただけたのは2回だけ。
へっぽこブログですなあ。
でも私はトラックバックよりもただ来ていただける方がいるだけで満足です(←謙虚なそぶり)。
へっぽこだけど、私は私のペースでやっていきたいなと。
多分更新はお二人よりやってるぞ!(←やっぱり張り合ってる)
ぼちぼちペースで、これからも頑張ります。
応援してくださいね♪
古田選手は私も大好きで(野球のルールはちんぷんかんぷんだけど)、球界再編問題では大活躍を見せ、ブログにも載ってるお正月のスポーツマン?.1決定戦でも最年長ながら跳び箱跳ぶし頭はいいしすごいカッコいい
と思っていました。その古田選手が、ブログ仲間になるみたい。
勝手に仲間って思ってるけど。
その古田選手が公言したライバルが、眞鍋かをりさん。
こないだ「徹子の部屋」に出てた時も言ってましたが、眞鍋さんのブログはトラックバック数が日本一なんだそうで。
飾らない文体で、人気を集めてるんでしょうね。
古田選手は眞鍋さんより多くのトラックバックを狙う!とおっしゃってます。
果たしてどっちのブログに軍配が上がるのでしょうか!?
どちらのブログも気になり始めたので、私もトラックバックしてみました。
あんまり意味わかってないのですが(汗
・・・忘れちゃいけません、私もブログ書いてるのです!
つまりお二方のライバルなのですよ(笑)
でもなあ、ブログ始めて約半年だけどトラックバックしていただけたのは2回だけ。
へっぽこブログですなあ。
でも私はトラックバックよりもただ来ていただける方がいるだけで満足です(←謙虚なそぶり)。
へっぽこだけど、私は私のペースでやっていきたいなと。
多分更新はお二人よりやってるぞ!(←やっぱり張り合ってる)
ぼちぼちペースで、これからも頑張ります。
応援してくださいね♪
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昨日、もっかんずの新年会があったのですが、調子が絶不調で行く事ができませんでした。
すごく楽しみにしてたのに・・・残念。
みんな、ごめんよう。
そして今日は、なんとか起きられて、元気でした。
天気も良いし、父の長ーい冬休みが今日まで(ほんとに長っ)なので、母が私と父を誘って千葉の青葉の森公園まで出かけることになりました。
父と母と3人で出かけるなんて久しぶりだなあ。
母は父用にお酒のワンカップとマカダミアナッツを持ち、車(トヨタのist号)で千葉へと繰り出しました。
istといえば・・・元旦早々に事件がおきたのです。
我が家の大事な大事なist号の後ろ中央に貼ってあるトヨタのマークが盗まれたのです!
マークが盗まれたくらい大したことないと思ってましたが、今日車を見たら傷もついてるしちょっとみっともない。
母が「代わりにベンツのマーク盗んでやろうかしら」などと申しておりましたが、ist号にベンツのマークは不釣合いですよ。
結局、,000で取り付けてもらうらしいです。
それにしてもマーク盗んでなんになるんだ。ぶぅぶぅ。
・・・で、行きは父が運転していきました。
青葉の森公園は思い出があります。
公園内に立派なホールがあるのですが、私が中学を卒業して高校1年の時、中学3年だった妹の最後の吹奏楽コンクールがそのホールでありました。
午前中にコンクールの応援に行き、午後高校の部活に出て、終わったらまたホールに結果発表を聞きに行きました。すごいハードスケジュール。
曲目は、前任のK先生が決めて下さった「二つの交響的断章」。妹もみんなも必死でした。
新しく顧問になったU先生も、声楽一筋だったのに「吹奏楽」を一生懸命に勉強してくださり、本当に感謝でした。
でも、結果は「ダメ金」。金賞だけど、関東大会はだめでした。
だめだったけど、卒業生と生徒のつながりも感じることができたし、良い思い出です。
そんな思い出の“青葉の森”に親子3人で行ってきました。
いつもの散歩する道とはちょっと別の道を行ったら、梅林がありました。
梅の花が、白と赤、両方咲いていました♪
「水戸行きたいねぇ」なんて話してた直後だったのでびっくり。
デジカメ持っていけばよかったなー。
そして、今まで入ったことのなかった「生態園」というところにも入りました。
房総の自然の木々が観察できる「植物群落園」で森林浴気分を味わった後、「野鳥観察舎」へ。
そこでは、望遠鏡で池に集まる野鳥を見ることができます。
すごくラッキーなことに、ウグイスと、なんとカワセミを見ることができました!
野鳥見るって、今までそんなに興味なかったけど楽しいかも(*'ー'*)ふふっ♪
紅白に出ようかしら。ってもう「野鳥研究会」(だったっけ?)の人紅白出てませんよね。残念!
いっぱい歩いた後、父にお酒を飲んで一息ついてもらって(酒代を浮かせて)、今日は珍しく豚カツ屋さんに行きました。
公園で「もうお酒はたくさん」と言ってた父は豚カツ屋さんでも結局飲んでました。
我が家の飲兵衛の代表だった祖父に父は年々似てきています。血は争えぬ。
帰りは久々に私が車を運転してきました♪
このままいくとゴールド免許です。どうしましょ。
父は後ろの席で「お前は初心者マーク(車の)前後に3こずつくっつけろ」などと言ってました。
極めて安全運転でしたよーだ。
そんな感じで、今日は両親と過ごしましたとさ。
たまには、いいかもね。
明日も動けるといいな(毎日動けるのが一番いいのですが・・・)。
すごく楽しみにしてたのに・・・残念。
みんな、ごめんよう。
そして今日は、なんとか起きられて、元気でした。
天気も良いし、父の長ーい冬休みが今日まで(ほんとに長っ)なので、母が私と父を誘って千葉の青葉の森公園まで出かけることになりました。
父と母と3人で出かけるなんて久しぶりだなあ。
母は父用にお酒のワンカップとマカダミアナッツを持ち、車(トヨタのist号)で千葉へと繰り出しました。
istといえば・・・元旦早々に事件がおきたのです。
我が家の大事な大事なist号の後ろ中央に貼ってあるトヨタのマークが盗まれたのです!
マークが盗まれたくらい大したことないと思ってましたが、今日車を見たら傷もついてるしちょっとみっともない。
母が「代わりにベンツのマーク盗んでやろうかしら」などと申しておりましたが、ist号にベンツのマークは不釣合いですよ。
結局、,000で取り付けてもらうらしいです。
それにしてもマーク盗んでなんになるんだ。ぶぅぶぅ。
・・・で、行きは父が運転していきました。
青葉の森公園は思い出があります。
公園内に立派なホールがあるのですが、私が中学を卒業して高校1年の時、中学3年だった妹の最後の吹奏楽コンクールがそのホールでありました。
午前中にコンクールの応援に行き、午後高校の部活に出て、終わったらまたホールに結果発表を聞きに行きました。すごいハードスケジュール。
曲目は、前任のK先生が決めて下さった「二つの交響的断章」。妹もみんなも必死でした。
新しく顧問になったU先生も、声楽一筋だったのに「吹奏楽」を一生懸命に勉強してくださり、本当に感謝でした。
でも、結果は「ダメ金」。金賞だけど、関東大会はだめでした。
だめだったけど、卒業生と生徒のつながりも感じることができたし、良い思い出です。
そんな思い出の“青葉の森”に親子3人で行ってきました。
いつもの散歩する道とはちょっと別の道を行ったら、梅林がありました。
梅の花が、白と赤、両方咲いていました♪
「水戸行きたいねぇ」なんて話してた直後だったのでびっくり。
デジカメ持っていけばよかったなー。
そして、今まで入ったことのなかった「生態園」というところにも入りました。
房総の自然の木々が観察できる「植物群落園」で森林浴気分を味わった後、「野鳥観察舎」へ。
そこでは、望遠鏡で池に集まる野鳥を見ることができます。
すごくラッキーなことに、ウグイスと、なんとカワセミを見ることができました!
野鳥見るって、今までそんなに興味なかったけど楽しいかも(*'ー'*)ふふっ♪
紅白に出ようかしら。ってもう「野鳥研究会」(だったっけ?)の人紅白出てませんよね。残念!
いっぱい歩いた後、父にお酒を飲んで一息ついてもらって(酒代を浮かせて)、今日は珍しく豚カツ屋さんに行きました。
公園で「もうお酒はたくさん」と言ってた父は豚カツ屋さんでも結局飲んでました。
我が家の飲兵衛の代表だった祖父に父は年々似てきています。血は争えぬ。
帰りは久々に私が車を運転してきました♪
このままいくとゴールド免許です。どうしましょ。
父は後ろの席で「お前は初心者マーク(車の)前後に3こずつくっつけろ」などと言ってました。
極めて安全運転でしたよーだ。
そんな感じで、今日は両親と過ごしましたとさ。
たまには、いいかもね。
明日も動けるといいな(毎日動けるのが一番いいのですが・・・)。
昨日のお笑いライブでも気がつきました。
私は知らない人の間にかこまれると、知らず知らずのうちにM先生の顔を探してしまうと。
大学からも遠く離れて、絶対会うことはないのに。
大学3年の時、私はM先生から呼び出されました。
「(クラスの中で)あなただけできてない」と言われました。
作業療法の勉強は苦しいものでした。それに追い討ちをかけるように厳しい言葉をかけられました。
夏休み返上で、M先生の指導のもと勉強しました。でも私はM先生が学生に求めるレベルに達することができなかった。
そして、後期に入り初めて本格的な実習が始まりました。
作業療法は「身体障害分野」「発達障害分野」「老年期障害分野」「精神障害分野」の4つに分かれています。
学生はそれぞれの分野を交代でまわっていました。
1期目の老年期障害分野、2期目の発達障害分野では、緊張していたけれど、すごくいい経験ができました。対象者の方々に関わることができ、本当に幸せでした。
このまま実習は乗り切れると思っていました。
ところが3期目の身体障害分野で、私の指導担当がM先生になりました。
緊張と期待で胸がいっぱいだった私を、先生はいきなり叱りました。態度がなってないと。
そして極限の緊張状態で患者さんに上手く接することができなかった私に、M先生は他の学生がいる前で
「あなたには患者さんを触らせない」
と言いました。
ショックでした。
知識がないのはわかっています。レポート書くのも誰よりも苦手です。でもどうして患者さんや友達が見ている前でこんなことを言われてしまったのでしょうか。
スタッフルームで泣いた私にM先生はぴしゃりと「病院へ行きなさい」と言いました。
私が他の人より脆いのは充分わかっています。でも先生の言い方で傷つかない人間はいません。
現に、4期目に先生が担当した2人目の学生は、「M先生を恨む」という言葉を残して大学を辞めていきました。もう連絡も取れません。
それ以降、私はレポートが書けなくなりました。大学にも行けなくなりました。
結果、留年となりました。
辞めようか迷ったけれど、別の先生の温かい手紙に励まされ、留まる決意をしました。
それからも後遺症は残りました。
M先生の授業を受けに大学へ行こうとすると身体ががくがく震えてしまい、どうしようもなくなってしまったこともありました。
でも、なんとか卒業までこぎつけることができました。
良い友達、先生に救われたからです。
M先生のことを恨んでないと言えば、それは嘘になります。
もし実習担当が別の先生だったら、留年せずに卒業できたかもしれない・・・とも思います。
でも過ぎたことを悔やんでも、人を恨んでもどうしようもありません。
今私がやるべきは、元気になって「作業療法士」として働ける日を目指すことです。
ただ今でも私は、M先生の影に怯えてる。
似た髪形、顔つき、細身のスタイルの女性を見ると、M先生ではないかとぎょっとしてしまう。
人込みに出ると、いつか会うのではないかと思ってしまうのです。
いつか先生の影から解放される日がきますように・・・。
私は知らない人の間にかこまれると、知らず知らずのうちにM先生の顔を探してしまうと。
大学からも遠く離れて、絶対会うことはないのに。
大学3年の時、私はM先生から呼び出されました。
「(クラスの中で)あなただけできてない」と言われました。
作業療法の勉強は苦しいものでした。それに追い討ちをかけるように厳しい言葉をかけられました。
夏休み返上で、M先生の指導のもと勉強しました。でも私はM先生が学生に求めるレベルに達することができなかった。
そして、後期に入り初めて本格的な実習が始まりました。
作業療法は「身体障害分野」「発達障害分野」「老年期障害分野」「精神障害分野」の4つに分かれています。
学生はそれぞれの分野を交代でまわっていました。
1期目の老年期障害分野、2期目の発達障害分野では、緊張していたけれど、すごくいい経験ができました。対象者の方々に関わることができ、本当に幸せでした。
このまま実習は乗り切れると思っていました。
ところが3期目の身体障害分野で、私の指導担当がM先生になりました。
緊張と期待で胸がいっぱいだった私を、先生はいきなり叱りました。態度がなってないと。
そして極限の緊張状態で患者さんに上手く接することができなかった私に、M先生は他の学生がいる前で
「あなたには患者さんを触らせない」
と言いました。
ショックでした。
知識がないのはわかっています。レポート書くのも誰よりも苦手です。でもどうして患者さんや友達が見ている前でこんなことを言われてしまったのでしょうか。
スタッフルームで泣いた私にM先生はぴしゃりと「病院へ行きなさい」と言いました。
私が他の人より脆いのは充分わかっています。でも先生の言い方で傷つかない人間はいません。
現に、4期目に先生が担当した2人目の学生は、「M先生を恨む」という言葉を残して大学を辞めていきました。もう連絡も取れません。
それ以降、私はレポートが書けなくなりました。大学にも行けなくなりました。
結果、留年となりました。
辞めようか迷ったけれど、別の先生の温かい手紙に励まされ、留まる決意をしました。
それからも後遺症は残りました。
M先生の授業を受けに大学へ行こうとすると身体ががくがく震えてしまい、どうしようもなくなってしまったこともありました。
でも、なんとか卒業までこぎつけることができました。
良い友達、先生に救われたからです。
M先生のことを恨んでないと言えば、それは嘘になります。
もし実習担当が別の先生だったら、留年せずに卒業できたかもしれない・・・とも思います。
でも過ぎたことを悔やんでも、人を恨んでもどうしようもありません。
今私がやるべきは、元気になって「作業療法士」として働ける日を目指すことです。
ただ今でも私は、M先生の影に怯えてる。
似た髪形、顔つき、細身のスタイルの女性を見ると、M先生ではないかとぎょっとしてしまう。
人込みに出ると、いつか会うのではないかと思ってしまうのです。
いつか先生の影から解放される日がきますように・・・。
昨日、お笑い大好きな友達に誘われてお笑いライブに行ってきました。
場所は目黒。山手線半周乗りました。
出演者は五十音順に、エネるゲン、カンカラ、ゴリけん、佐久間一行、三拍子、東京ダイナマイト、ななめ45°、ハローバイバイ、ビーム、ホーム・チーム、マイケルです。
三拍子とななめ45°以外は初めてでした。
熱狂的ななめファンの友達は大喜びなのかと思いきや、もうななめのライブには「行くの当たり前」みたいな余裕な表情でした。すごいですなあ。
結局私まだM-1見てないんですが(汗)、東京ダイナマイトは決勝までいったんですか?
決勝まではすごいウケたのに最後すべったとかぼやいてました。
ネタ中以外は写真撮影もOKだったので、友達の好きなななめの3人とホーム・チームの2人を一生懸命撮りました。
でも一番面白く撮れたのは、マイケルのダンス写真(ネタ中ではないですよ!)。
ジャンプして、体が宙に浮いて顔だけ切れちゃってるのが撮れました。
日記に載せたいけど、そこまでしていいのかわからないので一応やめておきますね。
ライブは6時からだったのですが、友達は残業があってご飯を食べていませんでした。
そこで、ライブ後友達に「すぐ帰る?」と聞かれたら皆さんならどういう意味だと思いますか?
私の予想は?「ご飯付き合ってくれる?」 ?「お茶飲んで帰らない?」
だったのですが。
正解は・・・?でも?でもなく、
「待たない?
」でしたー。
どういう意味かと申しますと、出演者の帰るところを待って声をかける、つまり「出待ち」です。
ななめのお三方とどうしても話がしたいということです。
イヤとは言えず、寒い中待ちましたよ。
もう待つ人はいつも決まっているみたいです。友達は「あの子もななめファンだよ」とか教えてくれました。
ファン同士で交流はないらしいですが、お互いはお互いを認識してるみたいで。
そこまでやれる根性、見習いたいものです。ハイ。
結局、ツッコミのなんとかさん(名前忘れちゃった・・・ゴメンナサイ)と話ができました。
友達はもう当たり前のように覚えてもらっていました。すごいなあ。
エンタの神様で今度ようやくオンエアされるものの、視聴率が気になるそうです。
視聴率が悪いと出してもらえなくなるとか。大変ですなあ。
そしてオンエアバトルのチャンピオン大会も何のネタでいけばいいかわからず困ってるとおっしゃってました。
「何のネタが好き?」とか聞かれてましたよ。お笑い芸人さん達も切実な悩みを抱えているようで。ひとつのネタを作り出すのもすごい苦労してるんだなって聞いててわかりました。
最後に、記念撮影をしてあげました。喜んでもらえてよかったです。
ななめの3人はどうも私と同い年らしいです。
「同い年です〜握手してください♪」とかもっと積極的にいけばよかったかしらん。
でもまあいいや(笑) 友達が満足してくれれば私はそれで充分です。
お笑いライブにいくと、必ず体脂肪が減ります。
昨日は友達が残業でギリギリの時間だったので会場まで走ったってこともあったけど、約5%体脂肪が減りました!
日頃いかに運動してないかってこともあるけど、お笑いって脂肪燃えますよ!
体脂肪が気になる方は、お笑いを見にいきましょー!!
場所は目黒。山手線半周乗りました。
出演者は五十音順に、エネるゲン、カンカラ、ゴリけん、佐久間一行、三拍子、東京ダイナマイト、ななめ45°、ハローバイバイ、ビーム、ホーム・チーム、マイケルです。
三拍子とななめ45°以外は初めてでした。
熱狂的ななめファンの友達は大喜びなのかと思いきや、もうななめのライブには「行くの当たり前」みたいな余裕な表情でした。すごいですなあ。
結局私まだM-1見てないんですが(汗)、東京ダイナマイトは決勝までいったんですか?
決勝まではすごいウケたのに最後すべったとかぼやいてました。
ネタ中以外は写真撮影もOKだったので、友達の好きなななめの3人とホーム・チームの2人を一生懸命撮りました。
でも一番面白く撮れたのは、マイケルのダンス写真(ネタ中ではないですよ!)。
ジャンプして、体が宙に浮いて顔だけ切れちゃってるのが撮れました。
日記に載せたいけど、そこまでしていいのかわからないので一応やめておきますね。
ライブは6時からだったのですが、友達は残業があってご飯を食べていませんでした。
そこで、ライブ後友達に「すぐ帰る?」と聞かれたら皆さんならどういう意味だと思いますか?
私の予想は?「ご飯付き合ってくれる?」 ?「お茶飲んで帰らない?」
だったのですが。
正解は・・・?でも?でもなく、
「待たない?
」でしたー。どういう意味かと申しますと、出演者の帰るところを待って声をかける、つまり「出待ち」です。
ななめのお三方とどうしても話がしたいということです。
イヤとは言えず、寒い中待ちましたよ。
もう待つ人はいつも決まっているみたいです。友達は「あの子もななめファンだよ」とか教えてくれました。
ファン同士で交流はないらしいですが、お互いはお互いを認識してるみたいで。
そこまでやれる根性、見習いたいものです。ハイ。
結局、ツッコミのなんとかさん(名前忘れちゃった・・・ゴメンナサイ)と話ができました。
友達はもう当たり前のように覚えてもらっていました。すごいなあ。
エンタの神様で今度ようやくオンエアされるものの、視聴率が気になるそうです。
視聴率が悪いと出してもらえなくなるとか。大変ですなあ。
そしてオンエアバトルのチャンピオン大会も何のネタでいけばいいかわからず困ってるとおっしゃってました。
「何のネタが好き?」とか聞かれてましたよ。お笑い芸人さん達も切実な悩みを抱えているようで。ひとつのネタを作り出すのもすごい苦労してるんだなって聞いててわかりました。
最後に、記念撮影をしてあげました。喜んでもらえてよかったです。
ななめの3人はどうも私と同い年らしいです。
「同い年です〜握手してください♪」とかもっと積極的にいけばよかったかしらん。
でもまあいいや(笑) 友達が満足してくれれば私はそれで充分です。
お笑いライブにいくと、必ず体脂肪が減ります。
昨日は友達が残業でギリギリの時間だったので会場まで走ったってこともあったけど、約5%体脂肪が減りました!
日頃いかに運動してないかってこともあるけど、お笑いって脂肪燃えますよ!
体脂肪が気になる方は、お笑いを見にいきましょー!!
そして午後からは親戚がどっさりやってきました。
入院中の叔父と付き添っている叔母は残念ながら来られませんでした。
子供のハートをつかむのが大得意な叔父と、私達姪っ子をいつも可愛がってくれる叔母がいなくて寂しかったですが、来られないと思っていた叔父と叔母の二人の息子、独身貴族のまあ兄ちゃん、伊達巻を作ってねと去年言ってくれたてっちゃんとその家族が来てくれました!
これで今回の新年会は下は7ヶ月、上は6?歳まで、私達家族を入れて総勢21人の大宴会。
我が家の1階は和室3部屋がふすまと障子で仕切られているだけなのでそれを取り払えば3部屋つなげることができなんとかみんな入ります。
でもいつか床が抜けるんではないかと心配しております(汗
やっぱり主役は子供達。
子供達といえばほんの少し前までは私達世代だったのですが、従兄が結婚し父たちにとっての「孫世代」が少しずつ増えて、今ではみんなのアイドルです。
「孫世代」の筆頭、私の小さな小さなボーイフレンドK君(5歳)は、まあ兄ちゃんの持ってきた一眼レフデジカメを持ってすっかりカメラマン気分。
たくさん私の写真を撮ってくれました。
「写りが悪いからもう1回撮ってよ」と言うと、「どこが悪いんだよー」と言いながら何度も撮り直してくれました。
あとでまあ兄ちゃんがカメラを見てみたら、レンズは指紋でべたべただったそうです(笑)
子供達の話はまだまだつきませんが、今度番外編かなにかでまた書きますね。
我が家の家系は、ものすごーく呑んべえだと今回も痛感いたしました。
まあ兄ちゃんはお年賀に日本酒「八海山」と黒糖焼酎を持ってきてくれました。
それは呑んべえの父には酒を飲ませておけば良いという非常に単純な思考回路と、「自分が飲みたいから」というこれも非常に単純な考えからです。
八海山の一升瓶は、もう空っぽです(゜ー゜;Aアセアセ
何人で飲んだのか知らないけどさ、私にもとっといておくれよ。
そして黒糖焼酎に目をつけたのが私のひとつ下の従妹Nちゃん。
43度のお酒をロックで飲んでました。
そこで私もチャレンジ!
生まれて初めての40度越えです(多分)。
3口ほどいただきましたが、身体がぽっかぽかになりました。
Nちゃんはロックで飲みまくり、他の従兄達にも勧めまくり、大いに満足されておりました。
私は缶チューハイをたらふく飲みました。甘くなく強いお酒の世界に馴染むのは、まだ先みたい。
お子ちゃまですなぁ。
酒を飲んでは赤ちゃんを抱っこし、飲んではK君達ちびっこと遊び、アルゴリズム体操を踊り、マツケンサンバを歌い、ピアノでアトムを弾いたりしてはまた酒を飲み、それはそれは楽しかったです。
でもピアノの腕落ちたなあ。ちょっとは練習しようかな。
K君達家族が帰るとき、K君のママから
「今度遊びにきてね。あっこちゃん(私)折り紙とか折れるんでしょ?私全然できないから一緒にやろう。それとね、K君ピアノ嫌いになりかけてるから、楽しくピアノ教えてあげて」
と頼まれてしまいました。折り紙なんて忘れてしまいましたよー。ピアノも全然弾けなくなったし。困ったぞ。
でも母にそのことを話したら、
「あんた卒論でも折り紙使ったじゃない。ちょうどいいわよ」
と言われてしまいました。そういや折り紙使ったわ。忘れてた〜。やばい〜。
でも折り紙ちゃんと練習するから、また遊んでね。K君。
毎年思うのですが、この会を開くのに一番大変なのは母です。
料理をし、洗い物をし、台所に立ちっぱなしです。勿論私も手伝いますが。
宴の全てが終わり、うとうとしている母を見て、「今年もありがとう」と思いました。
祖父が天国へ行き、親戚の縁が薄くなっていくかもしれなかったのに、そんなことは決してなくこの宴会を続けられるのは、親戚も言ってますが母のおかげだと思います。
小さなK君だって毎年のこの会を楽しみにしてるんですから(笑)
長くなってしまいました。今年の宴会もとても楽しく、良い会でした。
まあ兄ちゃんもてっちゃんも、少しでも気晴らしになっていたら嬉しいです。
いつまでもこの会が続きますように・・・。
入院中の叔父と付き添っている叔母は残念ながら来られませんでした。
子供のハートをつかむのが大得意な叔父と、私達姪っ子をいつも可愛がってくれる叔母がいなくて寂しかったですが、来られないと思っていた叔父と叔母の二人の息子、独身貴族のまあ兄ちゃん、伊達巻を作ってねと去年言ってくれたてっちゃんとその家族が来てくれました!
これで今回の新年会は下は7ヶ月、上は6?歳まで、私達家族を入れて総勢21人の大宴会。
我が家の1階は和室3部屋がふすまと障子で仕切られているだけなのでそれを取り払えば3部屋つなげることができなんとかみんな入ります。
でもいつか床が抜けるんではないかと心配しております(汗
やっぱり主役は子供達。
子供達といえばほんの少し前までは私達世代だったのですが、従兄が結婚し父たちにとっての「孫世代」が少しずつ増えて、今ではみんなのアイドルです。
「孫世代」の筆頭、私の小さな小さなボーイフレンドK君(5歳)は、まあ兄ちゃんの持ってきた一眼レフデジカメを持ってすっかりカメラマン気分。
たくさん私の写真を撮ってくれました。
「写りが悪いからもう1回撮ってよ」と言うと、「どこが悪いんだよー」と言いながら何度も撮り直してくれました。
あとでまあ兄ちゃんがカメラを見てみたら、レンズは指紋でべたべただったそうです(笑)
子供達の話はまだまだつきませんが、今度番外編かなにかでまた書きますね。
我が家の家系は、ものすごーく呑んべえだと今回も痛感いたしました。
まあ兄ちゃんはお年賀に日本酒「八海山」と黒糖焼酎を持ってきてくれました。
それは呑んべえの父には酒を飲ませておけば良いという非常に単純な思考回路と、「自分が飲みたいから」というこれも非常に単純な考えからです。
八海山の一升瓶は、もう空っぽです(゜ー゜;Aアセアセ
何人で飲んだのか知らないけどさ、私にもとっといておくれよ。
そして黒糖焼酎に目をつけたのが私のひとつ下の従妹Nちゃん。
43度のお酒をロックで飲んでました。
そこで私もチャレンジ!
生まれて初めての40度越えです(多分)。
3口ほどいただきましたが、身体がぽっかぽかになりました。
Nちゃんはロックで飲みまくり、他の従兄達にも勧めまくり、大いに満足されておりました。
私は缶チューハイをたらふく飲みました。甘くなく強いお酒の世界に馴染むのは、まだ先みたい。
お子ちゃまですなぁ。
酒を飲んでは赤ちゃんを抱っこし、飲んではK君達ちびっこと遊び、アルゴリズム体操を踊り、マツケンサンバを歌い、ピアノでアトムを弾いたりしてはまた酒を飲み、それはそれは楽しかったです。
でもピアノの腕落ちたなあ。ちょっとは練習しようかな。
K君達家族が帰るとき、K君のママから
「今度遊びにきてね。あっこちゃん(私)折り紙とか折れるんでしょ?私全然できないから一緒にやろう。それとね、K君ピアノ嫌いになりかけてるから、楽しくピアノ教えてあげて」
と頼まれてしまいました。折り紙なんて忘れてしまいましたよー。ピアノも全然弾けなくなったし。困ったぞ。
でも母にそのことを話したら、
「あんた卒論でも折り紙使ったじゃない。ちょうどいいわよ」
と言われてしまいました。そういや折り紙使ったわ。忘れてた〜。やばい〜。
でも折り紙ちゃんと練習するから、また遊んでね。K君。
毎年思うのですが、この会を開くのに一番大変なのは母です。
料理をし、洗い物をし、台所に立ちっぱなしです。勿論私も手伝いますが。
宴の全てが終わり、うとうとしている母を見て、「今年もありがとう」と思いました。
祖父が天国へ行き、親戚の縁が薄くなっていくかもしれなかったのに、そんなことは決してなくこの宴会を続けられるのは、親戚も言ってますが母のおかげだと思います。
小さなK君だって毎年のこの会を楽しみにしてるんですから(笑)
長くなってしまいました。今年の宴会もとても楽しく、良い会でした。
まあ兄ちゃんもてっちゃんも、少しでも気晴らしになっていたら嬉しいです。
いつまでもこの会が続きますように・・・。

