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平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
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どうやら風邪をひいたようです。
数日前に喉の痛みを感じたものののど飴でなんとかしのいでいたけれど、
今日になって咳が出て、なんとなく頭が重く、微熱あり。


毛布2枚にくるまって寝ているつもりが、
摩擦係数高そうな毛布なのにもかかわらず、
私の素晴らしい寝相の悪さが手伝って
目が覚めるといつも1枚にしがみついていて、もう1枚はベッドの隅にくしゃっとなってる。
こりゃ掛け布団の出番かな・・・・
早く寝ます。



*本日の気まぐれ短歌*

朝青龍 亀田一家に エリカ様 求められるは 品格でしょうか


内藤選手って、ボクシングの選手らしからぬ優しさの持ち主に見えます。
あの会見で「伝わった」と言えるなんて・・・国民みんな呆れてるのに、やさしい。
スポーツマンに必要なのは、闘争心だけじゃなく、闘いの場以外での思いやりだと思ったのでした。

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苦しいことに、今日気付きました。
「spiちゃんって友達甲斐があるね」って先日友達にメールで言ってもらえて、すごく嬉しかったのだけど、この数週間の私は、友達甲斐のないことばかり考えているのです。
恋人を失うよりも友達を失うことの方が辛いはずの私が、最近波がひどいときは友達との繋がりを断ちたいとまで思ってしまうのです。


「友達甲斐がある」って誉め言葉は、すごく嬉しかった。
でも、私にとって、心配かけたり沢山の優しさをくれた友達に感謝の形としてなにかしらすることは、至極当たり前のことだったらしい。
その「当たり前」だったはずのことが、今回の一件では私はできなかった。いや今時点ではできていない。
変わる可能性はあるけれど。




うまく書けなくてごめんなさい。
どうやら私は、いつでも素敵な沢山の友達と自分自身を比較してしまうようです。
比較すること自体は全く問題ないことが解った。
私に持っていないものを持っている友人を尊敬できるから。
そして、そんな輝いている人と友達でいられる自分を誇れるから。
ところが、ごくまれにおこる「落ち込み」の時期は、私が持てない魅力を存分に持っている友人と比較してしまうと、あまりにも自分がダメ人間で、醜くて、しかも外見だけじゃなく中身まで醜いという事実と対峙してしまい、苦しくなります。

良い友達持ちすぎたかな(笑)
ちょっとぐらい悪い友達がいてもいいのかな(笑)
いや、良い友達の良い面以外のちょっとした黒い面を見てほっとすればいいのかな。
ああ、ちょっとは同類なんだなって。


今はとっても元気なのでご安心下さいね。
今日は今まで乗ったことない電車に乗れたので、ご機嫌なのです。

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今日後期の手続きやら本の返却やらで学校に行ったら、学園祭のお揃いTシャツが並んでました。
そこになんとも懐かしい言葉が・・・
見つけた瞬間、暑苦しい音楽室で熱い熱い青春を送っていた中学時代にタイムスリップ。


私が音楽に対して一番熱かった時代は、どう考えても中学時代だったと思う。
いろんな意味で過酷だった。
練習もものすごく厳しかった。
顧問のK先生は自分たちで自由に合奏をすることを許さなかった。
メトロノームと先生の指揮棒以外のリズム取りを許さなかった。
練習時間にノリで懐かしい曲を吹くなんて言語道断で、そんな時間があるなら今出された曲を練習しろと。
結構きつかったよ。
でも、忠実に守ったよ。宿題は出さなかったけど、先生の指示は守った。

吹奏楽部の実績は、認めてくれる先生は認めてくれるし、それを快く思わない先生は、逆に吹奏楽部員が朝練習の時間をちょっと超えてしまっただけで私たちを廊下に正座させ、その事実を重く見たK先生は1週間くらい部活停止にもした。
それくらい、風当たりの強い(実際部活への予算はどうしても楽器や付属のものの購入費やらで吹奏楽部はお金がかかるため)優遇されがちで、野球部だった私のライバル(素因数分解を理解できなかった私を笑ってバカにした)は「なんでオマエラに高い額がおりるんだよ」と私に文句を言った。
でも、認めてくれる先生も、ちゃんといたのです。
私たちの定期演奏会の司会を毎年してくれた社会科のS先生(奇しくも野球部顧問・笑)は、私が試験で福沢諭吉の福を「しめすへん」ではなくひとつちょんの多い「ころもへん」で書いてしまったのに間違えて○がつけてあったのを正直に伝えたら

「さすが吹奏楽部員だね。正直で立派です」

と言って×に訂正、減点してくれました(笑)
でも、「さすが吹奏楽部員」と言われたのは、例え成績が落ちようと私の中で誇りだと思えるエピソードのひとつです。


なんだか何を書きたいんだかさっぱりわからなくなってきましたが、厳しい練習の中で、合奏の時間はやっぱり楽しくもあり、そして先生を怒らせる絶好の機会でもありました。
でもやっぱり、合奏の時間が好きでした。
パートごとの指導が終わって、先生が「全員で」と言う代わりに、たまに

「Tuttiで!」

とちょっと格好良く言ってくれる瞬間が、最高に嬉しかったなあ。
そう先生が言って指揮棒を上げる時、部員全員声を揃えて「はい!!」と言う瞬間もまた、最高に嬉しい時間だったのでした。
私は音量だけは誰にも負けない人間なので、Tuttiでも自分の音を主張します(笑)
うざい奴だっただろうなあ。



そんな暑苦しすぎた中学時代だったので、高校でオーケストラ部に入ったら、あまりの自由な体質に本音を言うと拍子抜けした記憶があります。
練習方法からなにからなにまで、自由度が違った。
先生の指揮棒じゃなくて、パートリーダーの木魚叩きながらの指導が許される、というか推奨される環境が、びっくりだった。
でも、中学のレベルよりも、高校のレベルの方がずっと高かった。
(吹奏楽とオケじゃ質が違うから一概に比較できないけど)
厳しい制約だけが、良い演奏を生み出すとは限らないということを学んだと言う点で、違う体質のふたつの部活に所属できたのは大きな収穫だったと思う。

・・・でも、高校では「Tuttiで」とは言わなかった気がするけど、120人の部員数にも関わらずTuttiでも目立とうとしていた私のど根性だけは変わらなかったかもね(笑)
楽器を持つと、私は目立ちたがり屋に豹変するのですよ。
普段は大人しいけど(誰も信じないって?)




大学のトイレに貼ってあった張り紙を見て、「Tutti」が今年の学園祭のスローガンだということを知りました。
Tシャツ買うか?
そう思っちゃうほど、この言葉が懐かしかったのと同時に、今通っている学校のことが好きなんだろうな、と思った一日でした。

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の、最後のメロディーがわからないことに気付いた本日。
え?初恋?
あんた今更初恋話ですか?
違います。
歌でございます。初恋という曲。
勘違いaikoなら、aikoの初恋かいな?
違います。
石川啄木の、初恋です。


砂山の砂に腹這い
初恋の
いたみを遠く思ひ出づる日


「いたみを」以降がわからん。
PCでMIDIを探したのだけど、伴奏しか入ってないの。
今度Abに教えてもらうか。



なんでそんなことになったかというと。
今日お友達Mちゃんとカラオケに行ったのです。
このふたりといえば、合唱の趣味があったふたりで。
はもれる曲を探していたら、Mちゃんがお手洗いに立っている間にこの曲に辿り着いた。
一人カラオケ。3行だし歌ってみるか。
でも歌えなかったのでした。
声楽家気取りたかったんだけどなあ。

で、メドレー大好きMちゃんとメドレーを歌ったのですが

・光GENJIメドレー
・宇多田ヒカルメドレー
・安室奈美恵メドレー
・Every Little Thingメドレー

どれも同じくらい歌えませんでした。
(当然ですが、光GENJIを入れたのは私です)
私は音楽好きじゃないのかなあ。
たまたまだよね?
でも、「剣の舞」は歌えなかったけど「太陽がいっぱい」はそんな曲があったことすら覚えてなかったのにすらすら歌えた自分に唖然。


今度は少しは最近の曲も歌えるようにしたいなあ。
最近じゃなさすぎる「初恋」も含めて・・・(^m^*ププッ
それにしても、この3行の歌詞、啄木はどのような思いを凝縮されたのでしょうか。
いろいろ想像したいのですが、想像力がない私には難しいです。

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大変だったみたいですね。
関東の自動改札が。
お昼前のニュースで私は知ったのですが、その中で「小田急線と京成線は早く復旧しました」と放送されており、「おお、私と縁の深いふたつの路線はやはりなんと素晴らしいのだろう」と思ったのと同時に、「こんちくしょーー、復旧する前に切符なしで乗りたかったよー自動改札に触れずにスルーしてみたかったよー」と思った私は本当にドケチというか、なんというか。
(午後電車に乗って出かけたため)


今回のニュースを知り、今の時代は当たり前に機械やコンピュータで生活に関わる何もかもが制御されるようになったけれど、それは本当に便利になったと言えるのだろうか?と思ってしまったよ。
そりゃ便利だよね。
でも、今回のニュースでも解るとおり、機械だって間違いはおかすんだということ。
そのことを現代社会に呑気に生きる私たちはみんな忘れてるんじゃないかと。
人間の脳みそは新しい技術を作るために使われ、その一方で昔は当たり前にあった「正しい乗車賃をお客が支払い、駅員がそのことを確認する」作業がなくなり、人間の脳みそはそういったこまごました使われ方をされなくなった。
SuicaもPASMOもとっても便利だけど、脳みそをなまらせる小道具のひとつかもしれない。
そのなまった脳みそ集団である(ちょっと語弊がありそうだけど、文明の利器があるのが当たり前だと完全に思ってしまっている)現代日本人が、今日午前、大変な目にあったのだ。


昔を思い出す。
裏が白い切符を買って、改札にいる駅員さんに渡す。
その駅のシンボル的な切り口を持つあのはさみ(もう名前が思い出せない時点で私もれっきとした「なまった脳みそ集団」の一員だ)で切符に切れ込みを入れてもらってから電車に乗る。
電車を降りたら、今度は切符を渡して駅員さん金額と切れ込みの形で、正しい乗車賃を払ったことを確認してもらい、改札を出る。
あんなに一瞬で間違って切符を買ってないか確認しちゃう駅員さんを、私は尊敬していた。
そういえば、姉妹合唱団の夏休み強化練習に通う時に母が買ってくれた回数券は、淡い緑色だったなあ。
11枚が繋がっていて、切れ込みを入れてもらってから1回分切り取るのが、わくわくだったよなあ。

自動改札機が導入され始めたのって、いつ頃だっただろうか。
記憶が正しければ、私が高校入学の時に買ってもらったベネトンの定期入れは、自動改札機にくぐらせるのに定期を取り出しやすくするための「穴」はあいてなかった気がする。
初めて穴が開いた定期入れを見た時は衝撃だったよなあ。
そして、女の人の定期は、赤鉛筆で有効期限の下に棒が引っ張ってあった。
これも、一種のチェック手段だったよね。

今は、わざわざ取り出す必要もない。
チャージ機能のついた定期にしてしまえば、区間を越えた分は乗り越し精算しなくても勝手に引いてくれる。
定期入れ越しでも、お財布越しでも、タッチすれば改札の扉は開いてくれる。


時代は変わったんだな。
ものすごく便利に。
そして、何かあるとこんな不便な事態に一瞬でなってしまう時代に。
どっちがいいんだか、あんまりよくわからないけど、とにかく時代は変わっていってるんだ。





本日の日記に、ジェネレーションギャップを感じた方、ごめんなさい。
でも私は切り捨て二十歳ですから♪(少々無理が・・・)

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