平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
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「いつか言葉で表現してみたい」と思いつつ、頭だけで実行していませんでした。
自分の「結婚」について。
こないだ従姉妹と話したこともあり、今日は漠然としか考えていなかったことを少し自分でも整理してみたいなと思い、PCに向かっております。
上手く書ける自信はないのですが、まあお暇な方は読んでやって下さいな。
今から遡ること20数年前、つまり私が幼稚園生の時、よく聞かれたのは
「大きくなったら、何になりたい?」
という質問。よくありますなあ。
ちなみに私は「お花屋さん」と答えたのですが、同じクラスのまりちゃんは「お嫁さん」と言ったのです。
その時の私はなんにも考えることなく「そんなの誰でもなれるじゃーん」と笑ったのでした。
「お嫁さん」になることがどんなに難しく、大変なことなのかなど全く知らずに。
そしてその10数年後、私が高校2年生になった時、独身の生物の先生が赴任してきました。
私はその先生も、先生の上手な授業も大好きでした。
その先生には、ひとつポリシーがありました。
「フェミニスト」だということ。
今の時代、どれだけ女性の立場が男性に比べて低くみなされているか、いろいろ訴えたいことがあったようです。
そしてその先生は「私は独身を通す」とおっしゃいました。
私は「かっこいいなあ」と思ったのです。
2年生の最後の授業の時、先生は涙を浮かべながら自分の思いを私たちに話してくださいました。
それを聞いたAbが感動してもらい泣きをしていたのを覚えています(これ絶対本人忘れてる^^;)
結婚するしないは別として、これからの時代はどんどん女性も進出していくべきだ、ということを教わりました。
「結婚したら家庭に入る」ことだけしか道がないのは間違い。
結婚したって、男性同様社会の中で向上していく権利は私たち女性にも同等にある、と。
そこで、私は一生使える資格を取りたいと思うようになりました。
(私たちの卒業後、その先生は結婚されたそうです。
ちょっとがっかりしつつも祝福しようと思いました。)
大学に入学して、あるとっても素敵な女性とお友達になりました。
社会人入試で入学したKさんという方です。
とても頭が良く、幾度となく助けてもらいました。
Kさんは某超一流企業でバリバリ働いていたキャリアウーマン。
その道を捨て、新たに「作業療法士」という目標を持っての入学です。
そして、素敵な旦那様もいらっしゃいました。
そのご主人と初めてお会いしたとき、ご主人は私に
「もしかしたら(Kさん夫婦と私は)親子くらい離れてるでしょう」
と言ったのを覚えています。
そんなに年離れてるのかな?Kさんは人生の先輩として尊敬できる人だけど、同時に「お友達」なのです。年の差なんて意識しないで楽しく過ごせる。
そして、Kさん夫婦は子供がいません。
理由はわかりませんが、Kさんが子供大好きなことは知っています。
でも、そのせいかはわからないけれど、ふたりはとってもラブラブなのです。
お互いを「○○くん」「あっこちゃん」(奇遇にも私とKさんは同じ名前)と呼び合う仲。
ああ、こういう「結婚」の形があるんだ、と知りました。
すごくすごく憧れるお二人です。
Kさんから毎年届く年賀状はとってもユーモラスです。
今年は「不良中年友の会」と書いてあり、会長がご主人、会員1号がKさんでした(笑)
毎年いろんな会が発足され、時々会長がKさんになる年もあります。
高校の生物の先生が「名簿は当たり前のように男性が先、女性は後というのも差別だ」と言っていたのを思い出します。
そこまで神経質にならなくてもいいかな・・・と思いつつ、Kさんご夫婦の賀状を見ると、さりげなく「男も女もすべてが平等なんだ」と訴えてくれている気がして、嬉しい気持ちになる私です。
今までいろいろな人と出会って、感じたことを書いてみました。
じゃあ今の私は「結婚」というものについてどう考えているのか、書いてみようと思います。
今の私には「結婚」はできません。
何故なら、自分でその大きなハードルを乗り越える自信がないから。
母が「仕事が無理なら、いいお嫁さんになる修行したら?」と冗談で言いました。
私は、そう考えたくないのです。
この際資格が生かせようが生かせまいが構いません。
まず「自分を社会人としてかろうじてでも認めることができた」時に初めて自分の中で「結婚」が許されるような気がするのです。
今の状態では、売り出すことはできません。
結婚したくない訳ではないですよ。
ただ、私にとっての「花嫁修業」は「社会でなにかしらちょっとでも役に立つ」ことなのです。
今の「何もできないよ〜グルグル」状態で結婚しても、いい嫁になれる訳がありません。
あ、でも包丁の使い方も練習しなきゃ。かなり下手なのよね^^;
結婚しても仕事は続けたいです。
(まあ今の私がそんな宣言していいのかいという話は置いといて)
でも、仕事を辞めて幸せな主婦をしている友達もいます。
いろんな幸せの形があるってことも、少しずつわかってきました。
そして、「適齢期」は自分で決めるもの。そう信じたいです。
いつ誰が結婚しようと関係ない。私は私なんだから。
でも〜、Mちゃんの結婚式でブーケもらっちゃったのよねえ。
私のせいでもっかんずの婚期が遅れているのなら・・・本当にスマン!です(笑)
やっぱり、あんまり上手く書けなかったな。
まとまったら書き直すか。
自分の「結婚」について。
こないだ従姉妹と話したこともあり、今日は漠然としか考えていなかったことを少し自分でも整理してみたいなと思い、PCに向かっております。
上手く書ける自信はないのですが、まあお暇な方は読んでやって下さいな。
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今から遡ること20数年前、つまり私が幼稚園生の時、よく聞かれたのは
「大きくなったら、何になりたい?」
という質問。よくありますなあ。
ちなみに私は「お花屋さん」と答えたのですが、同じクラスのまりちゃんは「お嫁さん」と言ったのです。
その時の私はなんにも考えることなく「そんなの誰でもなれるじゃーん」と笑ったのでした。
「お嫁さん」になることがどんなに難しく、大変なことなのかなど全く知らずに。
そしてその10数年後、私が高校2年生になった時、独身の生物の先生が赴任してきました。
私はその先生も、先生の上手な授業も大好きでした。
その先生には、ひとつポリシーがありました。
「フェミニスト」だということ。
今の時代、どれだけ女性の立場が男性に比べて低くみなされているか、いろいろ訴えたいことがあったようです。
そしてその先生は「私は独身を通す」とおっしゃいました。
私は「かっこいいなあ」と思ったのです。
2年生の最後の授業の時、先生は涙を浮かべながら自分の思いを私たちに話してくださいました。
それを聞いたAbが感動してもらい泣きをしていたのを覚えています(これ絶対本人忘れてる^^;)
結婚するしないは別として、これからの時代はどんどん女性も進出していくべきだ、ということを教わりました。
「結婚したら家庭に入る」ことだけしか道がないのは間違い。
結婚したって、男性同様社会の中で向上していく権利は私たち女性にも同等にある、と。
そこで、私は一生使える資格を取りたいと思うようになりました。
(私たちの卒業後、その先生は結婚されたそうです。
ちょっとがっかりしつつも祝福しようと思いました。)
大学に入学して、あるとっても素敵な女性とお友達になりました。
社会人入試で入学したKさんという方です。
とても頭が良く、幾度となく助けてもらいました。
Kさんは某超一流企業でバリバリ働いていたキャリアウーマン。
その道を捨て、新たに「作業療法士」という目標を持っての入学です。
そして、素敵な旦那様もいらっしゃいました。
そのご主人と初めてお会いしたとき、ご主人は私に
「もしかしたら(Kさん夫婦と私は)親子くらい離れてるでしょう」
と言ったのを覚えています。
そんなに年離れてるのかな?Kさんは人生の先輩として尊敬できる人だけど、同時に「お友達」なのです。年の差なんて意識しないで楽しく過ごせる。
そして、Kさん夫婦は子供がいません。
理由はわかりませんが、Kさんが子供大好きなことは知っています。
でも、そのせいかはわからないけれど、ふたりはとってもラブラブなのです。
お互いを「○○くん」「あっこちゃん」(奇遇にも私とKさんは同じ名前)と呼び合う仲。
ああ、こういう「結婚」の形があるんだ、と知りました。
すごくすごく憧れるお二人です。
Kさんから毎年届く年賀状はとってもユーモラスです。
今年は「不良中年友の会」と書いてあり、会長がご主人、会員1号がKさんでした(笑)
毎年いろんな会が発足され、時々会長がKさんになる年もあります。
高校の生物の先生が「名簿は当たり前のように男性が先、女性は後というのも差別だ」と言っていたのを思い出します。
そこまで神経質にならなくてもいいかな・・・と思いつつ、Kさんご夫婦の賀状を見ると、さりげなく「男も女もすべてが平等なんだ」と訴えてくれている気がして、嬉しい気持ちになる私です。
今までいろいろな人と出会って、感じたことを書いてみました。
じゃあ今の私は「結婚」というものについてどう考えているのか、書いてみようと思います。
今の私には「結婚」はできません。
何故なら、自分でその大きなハードルを乗り越える自信がないから。
母が「仕事が無理なら、いいお嫁さんになる修行したら?」と冗談で言いました。
私は、そう考えたくないのです。
この際資格が生かせようが生かせまいが構いません。
まず「自分を社会人としてかろうじてでも認めることができた」時に初めて自分の中で「結婚」が許されるような気がするのです。
今の状態では、売り出すことはできません。
結婚したくない訳ではないですよ。
ただ、私にとっての「花嫁修業」は「社会でなにかしらちょっとでも役に立つ」ことなのです。
今の「何もできないよ〜グルグル」状態で結婚しても、いい嫁になれる訳がありません。
あ、でも包丁の使い方も練習しなきゃ。かなり下手なのよね^^;
結婚しても仕事は続けたいです。
(まあ今の私がそんな宣言していいのかいという話は置いといて)
でも、仕事を辞めて幸せな主婦をしている友達もいます。
いろんな幸せの形があるってことも、少しずつわかってきました。
そして、「適齢期」は自分で決めるもの。そう信じたいです。
いつ誰が結婚しようと関係ない。私は私なんだから。
でも〜、Mちゃんの結婚式でブーケもらっちゃったのよねえ。
私のせいでもっかんずの婚期が遅れているのなら・・・本当にスマン!です(笑)
やっぱり、あんまり上手く書けなかったな。
まとまったら書き直すか。
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母の膝がかなり痛いらしく、2階に持って行っていた二段ベッドの上段を両親の寝室に置くことになりました。
私の家は3部屋がL字型につながっており、その角に位置する寝室にベッドを置き、もし来客があるときはベッドを私の部屋に避難させる(おいおい、私の部屋は物置かい?と言いたいが我慢)ことに。
その日から母は、そのベッドからもう一部屋の「茶の間」にあるテレビをご覧になるのが楽しみになったようです。
ところが。
その母のベッドからテレビを見ようとすると、私が茶の間に座って邪魔をするらしいのです。
小さい頃からの私の定位置が、母のテレビ鑑賞を妨害すると。
そこで母は私に言った。
母「ちょっと、大きな山があるから見えないんだけど」
私「おいおい、私は山かいな?」
父「でかい山だなあ。大雪山だよ」
・・・年頃の可愛いはずの娘を「大雪山」呼ばわりする両親。
もう、腹も立ちませんよ(笑)
でもねえ、そう言われてすぐに母がテレビを見やすいよう移動してくれる大雪山が日本のどこにありますか?
いい娘とは言えないけれど、大雪山としてはかなり動ける方だと思うのですが。
ちょっとムカッ!ときたので、寝室にベッドを持ち込み寝そべってテレビを見ている母に言ってやりました。
「お母さんは我が家の奥羽山脈だよ」
母の向こう側には、小さくなって父が寝ております(笑)奥羽山脈の西側って何山脈だっけ。
最近そんな感じだったのですが、母は真剣に膝痛のリハビリや体操をしている。
図書館で膝痛対策の本を借りて読んだりして。
母なりに頑張ってるんだな、と感心しつつ、ひそかに応援していたのです。
ところが、今日母は夕食を食べながら
「なんだか寒くない?」
を連発。
そして「なんか体操頑張ったから身体が筋肉痛になったみたい」と。
最初は体操のしすぎや脚をかばって歩いて他の部位に負担がかかったのだろう、と思っていたのですが、なんだかおかしい。
「お母さん、身体の節々が痛いんじゃないの?熱はない?」と聞いてみた。
心配だったので体温計も出して渡した。
すると38.3℃あったらしい。
悪い風邪じゃないといいんだけど・・・。
インフルエンザも節々痛くなるし、熱はこのくらいなのよね。
明日ココア先生の所へ行くよう命じておきました。
「元気」が取り柄の母です。はやく良くなってね。
私の家は3部屋がL字型につながっており、その角に位置する寝室にベッドを置き、もし来客があるときはベッドを私の部屋に避難させる(おいおい、私の部屋は物置かい?と言いたいが我慢)ことに。
その日から母は、そのベッドからもう一部屋の「茶の間」にあるテレビをご覧になるのが楽しみになったようです。
ところが。
その母のベッドからテレビを見ようとすると、私が茶の間に座って邪魔をするらしいのです。
小さい頃からの私の定位置が、母のテレビ鑑賞を妨害すると。
そこで母は私に言った。
母「ちょっと、大きな山があるから見えないんだけど」
私「おいおい、私は山かいな?」
父「でかい山だなあ。大雪山だよ」
・・・年頃の可愛いはずの娘を「大雪山」呼ばわりする両親。
もう、腹も立ちませんよ(笑)
でもねえ、そう言われてすぐに母がテレビを見やすいよう移動してくれる大雪山が日本のどこにありますか?
いい娘とは言えないけれど、大雪山としてはかなり動ける方だと思うのですが。
ちょっとムカッ!ときたので、寝室にベッドを持ち込み寝そべってテレビを見ている母に言ってやりました。
「お母さんは我が家の奥羽山脈だよ」
母の向こう側には、小さくなって父が寝ております(笑)奥羽山脈の西側って何山脈だっけ。
最近そんな感じだったのですが、母は真剣に膝痛のリハビリや体操をしている。
図書館で膝痛対策の本を借りて読んだりして。
母なりに頑張ってるんだな、と感心しつつ、ひそかに応援していたのです。
ところが、今日母は夕食を食べながら
「なんだか寒くない?」
を連発。
そして「なんか体操頑張ったから身体が筋肉痛になったみたい」と。
最初は体操のしすぎや脚をかばって歩いて他の部位に負担がかかったのだろう、と思っていたのですが、なんだかおかしい。
「お母さん、身体の節々が痛いんじゃないの?熱はない?」と聞いてみた。
心配だったので体温計も出して渡した。
すると38.3℃あったらしい。
悪い風邪じゃないといいんだけど・・・。
インフルエンザも節々痛くなるし、熱はこのくらいなのよね。
明日ココア先生の所へ行くよう命じておきました。
「元気」が取り柄の母です。はやく良くなってね。
こんばんは〜&ただいま〜です。
はい、ついさっき帰ってきました。悪い子ちゃんです。
いや、なんにも悪いことはしておりませぬ。
従姉妹と3人でカラオケ&夕食を楽しんできました。それだけでーす。
同じ市内に住むY子ちゃんNちゃん姉妹が、時々カラオケに誘ってくれるのです。
今日は、その日。
なので張り切って行ってまいりました。(家まで迎えに来てくれて、送ってくれたんだけど・・・)
私は基本的にはカラオケ大好き人間です。
でも、めったに行きません。
理由は「カラオケが好きな人」としか行かないから、もうちょっと言ってみれば自分から「カラオケ行こう」と誘うことがないからです。
カラオケがあんまり好きじゃない人もいるのに無理矢理連れて行って歌わせる、もしくは歌わないのに同じ額を徴収するのは私としては好きなことではありません。
だから、誘われたらホイホイ乗りますが、自分から敢えてチャンスを作ろうとはしないのです。
ついでに言うと、「自分が上手いと思っている」人と行くのも苦手です。
本当に上手いか下手かは別にして、「こんな難しい歌を歌ってるんだ、すごいだろ」オーラをふんだんに出されてもなんにも言えなくなってしまうのです。
その点で、Y子ちゃんNちゃん姉妹は上手とか下手とか関係なく「わいわい楽しもう!仲良し親族で♪」という気軽な気持ちで歌えるから好きです。
いつも「この会は練習ね」と言い訳をして、でも気づいたら最近この2人としか行ってない気もする・・・のですが^^;
で、案の定「今回も練習で。」というくらい私は最近の曲を知らなかったのであります。
知らなかったのに果敢に挑戦し、玉砕してきました。
何を歌ったか覚えてるかぎり挙げてみよう。(新しい曲歌おうとすっごい頑張った。)
POP STAR /平井堅
Endless Story /REIRA starring YUNA ITO(合ってる?)
スター /aiko
かたちあるもの /柴咲コウ
恋に落ちたら /Cristal Kay
やさしいキスをして /DREAMS COME TRUE
(おいおい、私本当に頑張ってない?)
あと何歌ったか忘れた。
採点ゲームもやったのですが、「スター」で私は45点というなんともみすぼらしい記録を打ち立ててきました(^◇^;
だって2、3回しか聴いたことないんだもーん。しょうがないじゃん(←言い訳がましい)
まあ、とても面白かったです。私が歌った歌詞の上にどんどん×印が付いていくのが(笑)
お夕飯はサイゼリヤに行きました。
そしたら何故か「語る会」になってしまい、3時間半、3人でいろいろと語ってきました。
買い物や洋服の話、姉妹の金銭感覚のかなりのズレに笑いました。
そして、結婚をしていない3人ということで、そういう話もしてきました。
Y子ちゃん(私と同い年)、Nちゃん(妹と同い年)。
やっぱり「お年頃」なのに、3人とも予定なし。
なんだかなあ、安心しちゃうのよね・・・。
自分も予定なしでも平気だと思っちゃう。
我が妹は特例ってことで(笑)人一倍結婚願望強かったからね。妹は。
そんな感じで、午前様。
昔一人暮らしだった頃は、夜遊び?もよくしたけどなあ。
一番忘れられない夜遊びは、いつもの仲間とは違う、「基礎作業学」という授業を一緒に受けていたグループでカラオケに行ったことかな。
うちの学生行きつけのガストで夕食を取り、カラオケで4時まで歌いまくった。
私がその当時の新曲「LOVEマシーン」歌ったらみんなノリノリになってくれたなあ。
みんな、結婚したり、パパになったり、いろいろみたいだけど、元気かな。
大学の友達は日本中にちりぢり。みんなに会いたい。
Y子ちゃんNちゃん、また誘っておくれ〜。
今度はちゃんと新曲歌えるよう頑張るからさ。倖田來未とか。エロかっこよくなるぞよ。ウシシ。
はい、ついさっき帰ってきました。悪い子ちゃんです。
いや、なんにも悪いことはしておりませぬ。
従姉妹と3人でカラオケ&夕食を楽しんできました。それだけでーす。
同じ市内に住むY子ちゃんNちゃん姉妹が、時々カラオケに誘ってくれるのです。
今日は、その日。
なので張り切って行ってまいりました。(家まで迎えに来てくれて、送ってくれたんだけど・・・)
私は基本的にはカラオケ大好き人間です。
でも、めったに行きません。
理由は「カラオケが好きな人」としか行かないから、もうちょっと言ってみれば自分から「カラオケ行こう」と誘うことがないからです。
カラオケがあんまり好きじゃない人もいるのに無理矢理連れて行って歌わせる、もしくは歌わないのに同じ額を徴収するのは私としては好きなことではありません。
だから、誘われたらホイホイ乗りますが、自分から敢えてチャンスを作ろうとはしないのです。
ついでに言うと、「自分が上手いと思っている」人と行くのも苦手です。
本当に上手いか下手かは別にして、「こんな難しい歌を歌ってるんだ、すごいだろ」オーラをふんだんに出されてもなんにも言えなくなってしまうのです。
その点で、Y子ちゃんNちゃん姉妹は上手とか下手とか関係なく「わいわい楽しもう!仲良し親族で♪」という気軽な気持ちで歌えるから好きです。
いつも「この会は練習ね」と言い訳をして、でも気づいたら最近この2人としか行ってない気もする・・・のですが^^;
で、案の定「今回も練習で。」というくらい私は最近の曲を知らなかったのであります。
知らなかったのに果敢に挑戦し、玉砕してきました。
何を歌ったか覚えてるかぎり挙げてみよう。(新しい曲歌おうとすっごい頑張った。)
POP STAR /平井堅
Endless Story /REIRA starring YUNA ITO(合ってる?)
スター /aiko
かたちあるもの /柴咲コウ
恋に落ちたら /Cristal Kay
やさしいキスをして /DREAMS COME TRUE
(おいおい、私本当に頑張ってない?)
あと何歌ったか忘れた。
採点ゲームもやったのですが、「スター」で私は45点というなんともみすぼらしい記録を打ち立ててきました(^◇^;
だって2、3回しか聴いたことないんだもーん。しょうがないじゃん(←言い訳がましい)
まあ、とても面白かったです。私が歌った歌詞の上にどんどん×印が付いていくのが(笑)
お夕飯はサイゼリヤに行きました。
そしたら何故か「語る会」になってしまい、3時間半、3人でいろいろと語ってきました。
買い物や洋服の話、姉妹の金銭感覚のかなりのズレに笑いました。
そして、結婚をしていない3人ということで、そういう話もしてきました。
Y子ちゃん(私と同い年)、Nちゃん(妹と同い年)。
やっぱり「お年頃」なのに、3人とも予定なし。
なんだかなあ、安心しちゃうのよね・・・。
自分も予定なしでも平気だと思っちゃう。
我が妹は特例ってことで(笑)人一倍結婚願望強かったからね。妹は。
そんな感じで、午前様。
昔一人暮らしだった頃は、夜遊び?もよくしたけどなあ。
一番忘れられない夜遊びは、いつもの仲間とは違う、「基礎作業学」という授業を一緒に受けていたグループでカラオケに行ったことかな。
うちの学生行きつけのガストで夕食を取り、カラオケで4時まで歌いまくった。
私がその当時の新曲「LOVEマシーン」歌ったらみんなノリノリになってくれたなあ。
みんな、結婚したり、パパになったり、いろいろみたいだけど、元気かな。
大学の友達は日本中にちりぢり。みんなに会いたい。
Y子ちゃんNちゃん、また誘っておくれ〜。
今度はちゃんと新曲歌えるよう頑張るからさ。倖田來未とか。エロかっこよくなるぞよ。ウシシ。
今日は楽しい受診デー♪だったんですってば〜。
実は母、最近元々痛かった左膝をかばって歩いていたら、今度は右膝が痛くなってしまったのです。
今日は辛そうでした。
そこで、父が
「今日はおっかあ足痛くてだめだから、お父さん送ってやるから。
それでおっかあ乗っけて行って、○○○の湯行こう。あっためると痛み軽くなるからさあ。
お昼ご馳走してやるぞ♪」
と言うので、母との喧嘩を無期限休戦し、3人で車に乗り込みました。
両親はお風呂セット、私はTさんに焼いていただいた徳永英明のCDを積んで。
(音楽の趣味のまったく違う3人が仲良く聴ける数少ない素敵なアルバムです)
受診はひとりで行きます。よっぽどのことがない限りは。
母と喧嘩したことを話したら、先生は
「お母さんも軽い気持ちで話したんでしょう。傷つくのも当然の言葉ですが軽く受け流すことも大切です」
とな。
その通りです。だから無期限休戦します。
受診を終え車に再び乗り込み、スーパー銭湯へ。
でも本日ワタクシ女の子の日のため、1時間後に待ち合わせて私は新しくできたショッピングセンターへ。
本当はどこかデパートのバーゲン行きたいけど、お財布心持ち寒い私はなにか掘り出し物を!と思いいろいろ巡ってみました。
結構可愛い洋服いっぱい売ってるかも。
でもねえ・・・おサイズがねえ・・・
意を決して、ピンク色のVネックの縁にレースがついた薄手ニットを試着。
すると・・・
Vの字型のはずの首元が何故かスクエアに(大汗
嗚呼、痩せなきゃ・・・
そして、うーんと、あのですねえ、皆さん私を笑うでしょうか・・・?
・・・またしても雑貨屋さんの求人に目をとられてしまったのです・・・
だって、だってめちゃくちゃ可愛いんだもん
はい、よく考えます。
前回だめだった一因は、「女職場だったこと」にあるのではないかという意見もありました。
今までの人生、男性に囲まれて学業などに取り組んだ経験の乏しい私はわからないのですが、緩衝材になるらしいですね。男性がいるって。
実は、前回働いていた雑貨屋さんの向かいに、もうちょっとラブリーな雑貨屋さんがあったんですね。なんとなくフリルが多そうな。
そこになんと!男性スタッフがいたのです。
一度だけご挨拶しましたが、とっても気になっていました。
うちの雑貨屋スタッフは全員黒エプロンだったのですが、そのお方は黄緑と黄色のチェックのエプロンをまとい、クリスマス前は頭にトナカイの角をつけて働いていました。
男女雇用機会均等法も施行されてだいぶ経つから男性が雑貨屋さんで働くことも確かに当たり前。
もしかしたら彼は、その雑貨屋の御曹司なのかもしれないし。
「何屋だから働くのは男」「こっちの仕事は女」とするのは間違い。
(介護職など、同性介助が原則の仕事は難しいけど・・・)
でも、でも・・・雑貨屋さんで働くのは圧倒的に女性が多いはず。
しかも、私に向いてるかはわからない。
なのーに、私はお店の名前と電話番号が書いてある付箋をもらってきてしまいました・・・。
つまり、雑貨屋好きなんですね。多分相当好き。見るばっかりだけど。
うん、よく考えます。
車に戻ると、両親はもうお風呂からあがりスタンバイしていました。
父曰く「『我が家の湯』の次にいい」そうです。
みたび車を走らせ、「夢庵」へ。
いろいろ思い入れのあるお店だなあ。
父が「最近外食してないから大金持ちだ。新年会だぞ、なんでも好きなの食べろ」
とおっしゃるので、張り切って580円ランチ食べちゃいました(笑)
父は上機嫌でお酒を2本空けました。
私も上機嫌でドリンクバー飲みまくりました。
そして更なる上機嫌になるべく、帰りは私が運転してきました〜♪
ひょっとして、この日以来!?
違うといいんだけど・・・。
ということで、母とも話せるようになったし、父はお酒でご満悦だし、両親とも日本で2番目にいいお風呂を堪能できたし、私は運転できたし、いい一日でした。
たまには、いいかもね。(また言ってみる)
実は母、最近元々痛かった左膝をかばって歩いていたら、今度は右膝が痛くなってしまったのです。
今日は辛そうでした。
そこで、父が
「今日はおっかあ足痛くてだめだから、お父さん送ってやるから。
それでおっかあ乗っけて行って、○○○の湯行こう。あっためると痛み軽くなるからさあ。
お昼ご馳走してやるぞ♪」
と言うので、母との喧嘩を無期限休戦し、3人で車に乗り込みました。
両親はお風呂セット、私はTさんに焼いていただいた徳永英明のCDを積んで。
(音楽の趣味のまったく違う3人が仲良く聴ける数少ない素敵なアルバムです)
受診はひとりで行きます。よっぽどのことがない限りは。
母と喧嘩したことを話したら、先生は
「お母さんも軽い気持ちで話したんでしょう。傷つくのも当然の言葉ですが軽く受け流すことも大切です」
とな。
その通りです。だから無期限休戦します。
受診を終え車に再び乗り込み、スーパー銭湯へ。
でも本日ワタクシ女の子の日のため、1時間後に待ち合わせて私は新しくできたショッピングセンターへ。
本当はどこかデパートのバーゲン行きたいけど、お財布心持ち寒い私はなにか掘り出し物を!と思いいろいろ巡ってみました。
結構可愛い洋服いっぱい売ってるかも。
でもねえ・・・おサイズがねえ・・・
意を決して、ピンク色のVネックの縁にレースがついた薄手ニットを試着。
すると・・・
Vの字型のはずの首元が何故かスクエアに(大汗
嗚呼、痩せなきゃ・・・
そして、うーんと、あのですねえ、皆さん私を笑うでしょうか・・・?
・・・またしても雑貨屋さんの求人に目をとられてしまったのです・・・
だって、だってめちゃくちゃ可愛いんだもん
はい、よく考えます。
前回だめだった一因は、「女職場だったこと」にあるのではないかという意見もありました。
今までの人生、男性に囲まれて学業などに取り組んだ経験の乏しい私はわからないのですが、緩衝材になるらしいですね。男性がいるって。
実は、前回働いていた雑貨屋さんの向かいに、もうちょっとラブリーな雑貨屋さんがあったんですね。なんとなくフリルが多そうな。
そこになんと!男性スタッフがいたのです。
一度だけご挨拶しましたが、とっても気になっていました。
うちの雑貨屋スタッフは全員黒エプロンだったのですが、そのお方は黄緑と黄色のチェックのエプロンをまとい、クリスマス前は頭にトナカイの角をつけて働いていました。
男女雇用機会均等法も施行されてだいぶ経つから男性が雑貨屋さんで働くことも確かに当たり前。
もしかしたら彼は、その雑貨屋の御曹司なのかもしれないし。
「何屋だから働くのは男」「こっちの仕事は女」とするのは間違い。
(介護職など、同性介助が原則の仕事は難しいけど・・・)
でも、でも・・・雑貨屋さんで働くのは圧倒的に女性が多いはず。
しかも、私に向いてるかはわからない。
なのーに、私はお店の名前と電話番号が書いてある付箋をもらってきてしまいました・・・。
つまり、雑貨屋好きなんですね。多分相当好き。見るばっかりだけど。
うん、よく考えます。
車に戻ると、両親はもうお風呂からあがりスタンバイしていました。
父曰く「『我が家の湯』の次にいい」そうです。
みたび車を走らせ、「夢庵」へ。
いろいろ思い入れのあるお店だなあ。
父が「最近外食してないから大金持ちだ。新年会だぞ、なんでも好きなの食べろ」
とおっしゃるので、張り切って580円ランチ食べちゃいました(笑)
父は上機嫌でお酒を2本空けました。
私も上機嫌でドリンクバー飲みまくりました。
そして更なる上機嫌になるべく、帰りは私が運転してきました〜♪
ひょっとして、この日以来!?
違うといいんだけど・・・。
ということで、母とも話せるようになったし、父はお酒でご満悦だし、両親とも日本で2番目にいいお風呂を堪能できたし、私は運転できたし、いい一日でした。
たまには、いいかもね。(また言ってみる)
今日は楽しい受診デー♪
いや、ほんとに楽しかったんです。それは後で書きます。
その前に、今日病院で話したこと、先生からのお話を書こうかと。
今日は別に調子が悪かった訳じゃないのですが、とりとめもなくいろいろ話してみました。
母と喧嘩したこと、友達の言葉に苦しくなったことも話しました。
そして、これから先の働き方のこと。
妹は、できるだけOTに近い仕事をするべきだ、と言う。
やりたいことをするべきだ、と。
「病院で先生に雇ってもらえないか頼んでみたら」とまで言った。
運がいいのか悪いのか、日曜の求人広告の中に私が通っている病院の「OT助手募集」記事を見つけてしまった(笑)
だから、聞くだけ聞いてみた。
どうやら若くして理事長である私の主治医は、患者としての私を採用する気はなさそうでした。
完全に回復したら、態度も違うでしょうがね。実際元患者さんが看護師さんとして働いてるって聞いたことあるし。
妹の意見は大切な意見だけど、時期尚早のようです。
それより、自分はどうしたいのか。
私自身は、自分の今現在をどのように変えたいのか。
実は求人広告を見ていると、いつも気になる仕事は、とある資格が必要なのです。
ここ最近気になっていて、取ってみたいと思ったりするのです。
将来的にもし「療育」の現場に関わることができるのなら、損はないかもしれない資格。
で、通信教育など調べてみたことなど話してみました。
でも・・・そんな甘い話じゃない。簡単に取れる資格じゃない。
それに私はひどいことを考えるのです。
「OTなんかじゃなく最初からこっちの道を選んでいれば上手くいってたかもしれないのに」
ひどいですよね。
でも先生は「道が違うのだから、そんなに自分を責めることはない」とおっしゃったけれど。
そして、
「今はまずアルバイトをしてみて、軌道に乗ったら通信教育受けるなりOTに近いことをするなりしたらどうですか」と。
今日はなんだかだんだん感情的になってしまった。
「私はもう一生OTの仕事なんかできない」
泣きたくないのに泣いてしまった。ぼろぼろ涙がこぼれた。
先生は、
「目指していた大きな目標があって大学に入って、そこで失敗した経験がトラウマになっていて、その上完全に自信が取り戻せないうちに働いたことで更に自信を失ってしまったんです。
強い『ノイローゼ』状態と言えます。抑鬱神経症ですね。
今必要なのは社会に出て働ける『自信』です。そのためにまずアルバイトをしたらどうですか。
最後まで諦めないことです。諦めたらだめです。あと自分を卑下しちゃいけません」
とおっしゃいました。
泣きながら「おったまには解りやすくいいこと言ってくれるじゃん」と思った私です。
やっぱり、普通の「鬱」とは若干違うんだな。
「ノイローゼ」という言葉はかなり間違って捉えられてるけど、「神経症」を指します。
詳しくは省きますが、「あの人、気がおかしくなってノイローゼになっちゃったんだよ」というような表現で使われる「ノイローゼ」ではありません。
私は重篤な状態ではない。でも誰もが当たり前に持っている、そして私も昔は持っていたはずの小さな小さな「自信」を少しずつ取り戻さなきゃいけないんだなと納得できました。
今日は自分がどういう状況でつまづいているのか把握できた気がします。
よし、自分が動けることから、まず始めよう。
多分遠回り人生を変えることはできないけど、道草食うから駄菓子屋に出会えるんじゃないか。
駄菓子屋だけじゃない、団子屋もおにぎり屋もあるかもしれない(笑)
まっすぐ順風満帆な人生を送るより楽ではないかもしれないけど、楽じゃない分きっとゴールは輝いてるよ。そう信じよう。
少し前向きになって、病院を後にしました。
いや、ほんとに楽しかったんです。それは後で書きます。
その前に、今日病院で話したこと、先生からのお話を書こうかと。
今日は別に調子が悪かった訳じゃないのですが、とりとめもなくいろいろ話してみました。
母と喧嘩したこと、友達の言葉に苦しくなったことも話しました。
そして、これから先の働き方のこと。
妹は、できるだけOTに近い仕事をするべきだ、と言う。
やりたいことをするべきだ、と。
「病院で先生に雇ってもらえないか頼んでみたら」とまで言った。
運がいいのか悪いのか、日曜の求人広告の中に私が通っている病院の「OT助手募集」記事を見つけてしまった(笑)
だから、聞くだけ聞いてみた。
どうやら若くして理事長である私の主治医は、患者としての私を採用する気はなさそうでした。
完全に回復したら、態度も違うでしょうがね。実際元患者さんが看護師さんとして働いてるって聞いたことあるし。
妹の意見は大切な意見だけど、時期尚早のようです。
それより、自分はどうしたいのか。
私自身は、自分の今現在をどのように変えたいのか。
実は求人広告を見ていると、いつも気になる仕事は、とある資格が必要なのです。
ここ最近気になっていて、取ってみたいと思ったりするのです。
将来的にもし「療育」の現場に関わることができるのなら、損はないかもしれない資格。
で、通信教育など調べてみたことなど話してみました。
でも・・・そんな甘い話じゃない。簡単に取れる資格じゃない。
それに私はひどいことを考えるのです。
「OTなんかじゃなく最初からこっちの道を選んでいれば上手くいってたかもしれないのに」
ひどいですよね。
でも先生は「道が違うのだから、そんなに自分を責めることはない」とおっしゃったけれど。
そして、
「今はまずアルバイトをしてみて、軌道に乗ったら通信教育受けるなりOTに近いことをするなりしたらどうですか」と。
今日はなんだかだんだん感情的になってしまった。
「私はもう一生OTの仕事なんかできない」
泣きたくないのに泣いてしまった。ぼろぼろ涙がこぼれた。
先生は、
「目指していた大きな目標があって大学に入って、そこで失敗した経験がトラウマになっていて、その上完全に自信が取り戻せないうちに働いたことで更に自信を失ってしまったんです。
強い『ノイローゼ』状態と言えます。抑鬱神経症ですね。
今必要なのは社会に出て働ける『自信』です。そのためにまずアルバイトをしたらどうですか。
最後まで諦めないことです。諦めたらだめです。あと自分を卑下しちゃいけません」
とおっしゃいました。
泣きながら「おったまには解りやすくいいこと言ってくれるじゃん」と思った私です。
やっぱり、普通の「鬱」とは若干違うんだな。
「ノイローゼ」という言葉はかなり間違って捉えられてるけど、「神経症」を指します。
詳しくは省きますが、「あの人、気がおかしくなってノイローゼになっちゃったんだよ」というような表現で使われる「ノイローゼ」ではありません。
私は重篤な状態ではない。でも誰もが当たり前に持っている、そして私も昔は持っていたはずの小さな小さな「自信」を少しずつ取り戻さなきゃいけないんだなと納得できました。
今日は自分がどういう状況でつまづいているのか把握できた気がします。
よし、自分が動けることから、まず始めよう。
多分遠回り人生を変えることはできないけど、道草食うから駄菓子屋に出会えるんじゃないか。
駄菓子屋だけじゃない、団子屋もおにぎり屋もあるかもしれない(笑)
まっすぐ順風満帆な人生を送るより楽ではないかもしれないけど、楽じゃない分きっとゴールは輝いてるよ。そう信じよう。
少し前向きになって、病院を後にしました。

