平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
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今日はとっても幸せな1日でした。
もっかんずの唯一のママMちゃんが都内にマイホームを建てたので、またまた5人集まったのです♪
前は勢揃いするのに1年かかっちゃったのに、こないだ会ったばかりのみんなにすぐまた会えるなんて!
なんかこんなにハッピーでいいのかしら(笑)
待ち合わせた駅は、全く聞いたことのない名前。
同じ線の快速と各駅の乗り換えも含めると4回乗り換えて(ぼったくり路線に乗ればもうちょっとだけ楽できたけど、乗らずに遠回りして300円浮かせましたよ)、ちゃんと約束前に到着。
迷子運は強い私ですが(汗)、路線は間違えずに済みました。
新居は、とっても素敵なお家でした♪
Mちゃんとご主人の趣味の良さが伝わってきて、いいなあ、と思いました。
我がボロ家では到底・・・真似できませんです。
Mちゃんの手料理をたらふくいただき(これがかなり美味しい)、やはり尊敬の念。
兼業主婦(今は育児休暇中だけど)ってすごいなあ。
もっかんずは相変わらず、めちゃくちゃおしゃべり。
いろんな話をしました。今日は暴露話もあったね(^m^*ププッ
もっかんずの会話は少々毒があるのがまた面白いです。鋭いツッコミとか。
そして愛娘ちゃんもしっかり仲間に加わってましたよ。相変わらず可愛い♪
もっかんずに会う前の日は危険を察知して夜泣きするらしいです(笑)なんてプリティー。
そして、やっぱり・・・大富豪!
こないだはMちゃんは先に帰ってしまったので4人だったけど今日は5人だったのでかなりヒートアップ!
ヒートアップした場では、意味不明の奇声がしばしば聞かれます。
例をあげると・・・
「フォー!」
「ぷるっぽー!」
「パッソ!プチプチプチトヨタ」
などなど。
多分他の方が見たら、めちゃくちゃヘンテコな5人だと思います(笑)
変なんですが、皆さんやっぱり美人でした。
みんなみたいに、私もなれたらいいな。
みんな、今日は本当にどうもありがとう。
素敵な時間をありがとう。
26歳を、心から良かった、と思いながら締めくくれそうです。
今日はとっても幸せな1日でした。
もっかんずの唯一のママMちゃんが都内にマイホームを建てたので、またまた5人集まったのです♪
前は勢揃いするのに1年かかっちゃったのに、こないだ会ったばかりのみんなにすぐまた会えるなんて!
なんかこんなにハッピーでいいのかしら(笑)
待ち合わせた駅は、全く聞いたことのない名前。
同じ線の快速と各駅の乗り換えも含めると4回乗り換えて(ぼったくり路線に乗ればもうちょっとだけ楽できたけど、乗らずに遠回りして300円浮かせましたよ)、ちゃんと約束前に到着。
迷子運は強い私ですが(汗)、路線は間違えずに済みました。
新居は、とっても素敵なお家でした♪
Mちゃんとご主人の趣味の良さが伝わってきて、いいなあ、と思いました。
我がボロ家では到底・・・真似できませんです。
Mちゃんの手料理をたらふくいただき(これがかなり美味しい)、やはり尊敬の念。
兼業主婦(今は育児休暇中だけど)ってすごいなあ。
もっかんずは相変わらず、めちゃくちゃおしゃべり。
いろんな話をしました。今日は暴露話もあったね(^m^*ププッ
もっかんずの会話は少々毒があるのがまた面白いです。鋭いツッコミとか。
そして愛娘ちゃんもしっかり仲間に加わってましたよ。相変わらず可愛い♪
もっかんずに会う前の日は危険を察知して夜泣きするらしいです(笑)なんてプリティー。
そして、やっぱり・・・大富豪!
こないだはMちゃんは先に帰ってしまったので4人だったけど今日は5人だったのでかなりヒートアップ!
ヒートアップした場では、意味不明の奇声がしばしば聞かれます。
例をあげると・・・
「フォー!」
「ぷるっぽー!」
「パッソ!プチプチプチトヨタ」
などなど。
多分他の方が見たら、めちゃくちゃヘンテコな5人だと思います(笑)
変なんですが、皆さんやっぱり美人でした。
みんなみたいに、私もなれたらいいな。
みんな、今日は本当にどうもありがとう。
素敵な時間をありがとう。
26歳を、心から良かった、と思いながら締めくくれそうです。
今日はとっても幸せな1日でした。
父が退職してもうすぐ半年になります。
退職したばかりの頃は肩も痛くて、ちょっと老け込んでしまったかな?と心配しました。
でも姪っ子ちゃんが生まれて父もおじいちゃんになり、ウハウハ気分?になったり。
良かったなあ。ほんとに。
そして最近の父はというと、毎日身体を動かしています。
何をやっているかというと・・・
「家の修繕♪」
ある日は屋根を直し(我が家は瓦の屋根なのですが、その壊れそうな部分をコンクリートで固めたらしい)、またある日はトイレの床にシートを貼り、またある日は・・・ってな具合に。
手先の器用な父には、我がボロ家はちょうどいい「宝の山」だったみたい。
そして一昨日は、洗面所の入り口のドアをなんとも珍妙な色に塗ってくれました(笑)
私が「すごい色だね」と言うと
「ペンキがこれしかなかったんだ」とテキトーなお返事。
母も大反対し、「塗りなおせー!!」と言ってます。
妹くんが来た時には(なんで彼女はそんなに我が家に来るのか?は置いといて)父は
「おい、この色いい色だろ?」
と自画自賛(゜ー゜;Aアセアセ
お父さん、誰もいい色とは・・・思いませんよ。
肩の具合も良くなって、右腕は挙がるようになったそうです。
家で水の入った一升瓶振り回して(笑)リハビリした甲斐があったかな?
今一番やりたいことは
「電車に乗ってつり革につかまること」
だそうです(笑)
よかったね^^左肩も治るといいね。
ただ今父は、トイレの扉を外してなにか作業をしています。
「今度は何色にするの?」と聞いたら
「ピンクだ!」と言っていました(笑)
お願いだから・・・それだけはやめてくれえ。。
そんな感じで、父は元気に働いております。
退職したばかりの頃は肩も痛くて、ちょっと老け込んでしまったかな?と心配しました。
でも姪っ子ちゃんが生まれて父もおじいちゃんになり、ウハウハ気分?になったり。
良かったなあ。ほんとに。
そして最近の父はというと、毎日身体を動かしています。
何をやっているかというと・・・
「家の修繕♪」
ある日は屋根を直し(我が家は瓦の屋根なのですが、その壊れそうな部分をコンクリートで固めたらしい)、またある日はトイレの床にシートを貼り、またある日は・・・ってな具合に。
手先の器用な父には、我がボロ家はちょうどいい「宝の山」だったみたい。
そして一昨日は、洗面所の入り口のドアをなんとも珍妙な色に塗ってくれました(笑)
私が「すごい色だね」と言うと
「ペンキがこれしかなかったんだ」とテキトーなお返事。
母も大反対し、「塗りなおせー!!」と言ってます。
妹くんが来た時には(なんで彼女はそんなに我が家に来るのか?は置いといて)父は
「おい、この色いい色だろ?」
と自画自賛(゜ー゜;Aアセアセ
お父さん、誰もいい色とは・・・思いませんよ。
肩の具合も良くなって、右腕は挙がるようになったそうです。
家で水の入った一升瓶振り回して(笑)リハビリした甲斐があったかな?
今一番やりたいことは
「電車に乗ってつり革につかまること」
だそうです(笑)
よかったね^^左肩も治るといいね。
ただ今父は、トイレの扉を外してなにか作業をしています。
「今度は何色にするの?」と聞いたら
「ピンクだ!」と言っていました(笑)
お願いだから・・・それだけはやめてくれえ。。
そんな感じで、父は元気に働いております。
昨日ひょんなことで「すべりどめ」という言葉を使ってしまったので(本当は全然すべりどめなんかじゃないよ、あのバイト・・・)、真の意味での「すべりどめ」を受験した時の話をついでに書いてみようと思います。
でも、「すべりどめ」なんて言い方あんまりよくないですよね。ちょっぴり失礼な気も。
だけどなんて書いたらよいのか言葉が見当たらないのでやっぱり「すべりどめ」でいきます。
中学3年の時、私は「すべりどめ」を2校受けました。
1校は、この日記に出てくるマンモス校。
その学校は、半ば無理やり受けさせられました。
結果的にいい思い出ができたのだけど。
そしてもう1校が、自分で「行ってもいいな」と思って志願した私立校でした。
塾の先生は「2校も受ける必要全くない!どっちかにしなさい」と強く勧めてくれたのですが、学校が許さなかった。
そんなに私、先生に信用されない子だったのでしょうか・・・。宿題やらなかったけどさあ。
その今日のお話の学校は、マンモス校と目と鼻の先。
でも両校は仲が悪いらしく、面接では相手の学校を受験した事は隠すよう言われたり。
なんだか大人の事情を勝手に子供に押し付けるなー!ってな感じですよね。
で、本題。
その学校の受験にも、いろいろ思い出があります。
まず「願書を出しに行く」時から面白かった。
行きはみんなでバスに乗って行ったのですが、帰りは「はやく帰って授業に出るの嫌だね」ということで意見が一致し(笑)、5,6キロの道のりを歩いて帰ることに。
「裏道はまかせておけ」という男の子の言葉を頼りに、ついていきました。
途中同じ市内の小学校を通りがかったら、私たちの中学を定年で退職された先生(通称「シロシ」)が嘱託で働いていて体育を教えていました。
シロシは、私たちを見つけてとても喜んでくれました。
シロシは体育の先生なのに、私は中1の時国語を教わりました。
怒りっぽいけど、すごくいい先生でした。
私のことも可愛がってくれたし、妹のことも可愛がってくれました。えこひいきではなく。
会えて嬉しかったなあ。シロシ、元気かなあ?
教え子と結婚したってやっぱり本当だったのかなあ?
そして受験日は。
みんなで受験教室までの階段を昇りながら、
「名前だけは勇ましいんだけど頭が薄くなっちゃって迫力の足りないお相撲さんってなんて名前だっけ?」
なんて話しました(笑)
そして、最初の科目の試験が終わったらまたみんなで廊下に集まって
「琴稲妻だ!」
と試験には全くもって関係のない話をしちゃったりして。(琴稲妻さん、ゴメンナサイ!)
教室では、私が一番後ろで、前にカイちゃんとキョウコちゃんが座っていました。
「問題解けなかったらどうする?合図決めようよ」
「じゃあ〜頭かいたら答えは1ね」
「咳払いしたら答えは2!」
「なら3はげっぷ!!」
などと3人でとりとめなくくだらない話をしました(笑)
こんな方法で合格を手に入れたら・・・すごいよなあ。
午後は、面接。
教室でやるのかと思ったら、連れていかれたのは体育館。
体育館に面接官の先生方が間隔を空けて横一列に並んでいる。
そこに私たち受験生は縦に並ばされる。
一応「1対1」ではあるけど、隣の列の子の声まる聞こえ。
まるで集団予防接種のような光景で、唖然としました。
私の番になって。
緊張して話したら面接官に
「もっと大きな声で話してくれる?聞こえないんだけど」
と言われてしまいました(゜ー゜;Aアセアセ
これ、落ちるかも・・・と焦った瞬間でした。
結局、合格させていただいたけど、その学校へは行かなかったのですが。
でも入学前は我が母校よりも頻繁に行ってたなあ。今思えば。
可愛いチャペルがあって、そこであった吹奏楽の演奏会やクリスマスのイベントも行ったなあ。
学校見学はみこちゃんと行ったし。それも授業早退できるのが嬉しくて(^m^*ププッ
今思えば、懐かしい思い出です。
長くなってしまいました。ごめんなさいです。
え?「ジェットコースター」の思い出はって?
いつか書きます。優先順位めっちゃくちゃでごめんなさーい!!
でも、「すべりどめ」なんて言い方あんまりよくないですよね。ちょっぴり失礼な気も。
だけどなんて書いたらよいのか言葉が見当たらないのでやっぱり「すべりどめ」でいきます。
中学3年の時、私は「すべりどめ」を2校受けました。
1校は、この日記に出てくるマンモス校。
その学校は、半ば無理やり受けさせられました。
結果的にいい思い出ができたのだけど。
そしてもう1校が、自分で「行ってもいいな」と思って志願した私立校でした。
塾の先生は「2校も受ける必要全くない!どっちかにしなさい」と強く勧めてくれたのですが、学校が許さなかった。
そんなに私、先生に信用されない子だったのでしょうか・・・。宿題やらなかったけどさあ。
その今日のお話の学校は、マンモス校と目と鼻の先。
でも両校は仲が悪いらしく、面接では相手の学校を受験した事は隠すよう言われたり。
なんだか大人の事情を勝手に子供に押し付けるなー!ってな感じですよね。
で、本題。
その学校の受験にも、いろいろ思い出があります。
まず「願書を出しに行く」時から面白かった。
行きはみんなでバスに乗って行ったのですが、帰りは「はやく帰って授業に出るの嫌だね」ということで意見が一致し(笑)、5,6キロの道のりを歩いて帰ることに。
「裏道はまかせておけ」という男の子の言葉を頼りに、ついていきました。
途中同じ市内の小学校を通りがかったら、私たちの中学を定年で退職された先生(通称「シロシ」)が嘱託で働いていて体育を教えていました。
シロシは、私たちを見つけてとても喜んでくれました。
シロシは体育の先生なのに、私は中1の時国語を教わりました。
怒りっぽいけど、すごくいい先生でした。
私のことも可愛がってくれたし、妹のことも可愛がってくれました。えこひいきではなく。
会えて嬉しかったなあ。シロシ、元気かなあ?
教え子と結婚したってやっぱり本当だったのかなあ?
そして受験日は。
みんなで受験教室までの階段を昇りながら、
「名前だけは勇ましいんだけど頭が薄くなっちゃって迫力の足りないお相撲さんってなんて名前だっけ?」
なんて話しました(笑)
そして、最初の科目の試験が終わったらまたみんなで廊下に集まって
「琴稲妻だ!」
と試験には全くもって関係のない話をしちゃったりして。(琴稲妻さん、ゴメンナサイ!)
教室では、私が一番後ろで、前にカイちゃんとキョウコちゃんが座っていました。
「問題解けなかったらどうする?合図決めようよ」
「じゃあ〜頭かいたら答えは1ね」
「咳払いしたら答えは2!」
「なら3はげっぷ!!」
などと3人でとりとめなくくだらない話をしました(笑)
こんな方法で合格を手に入れたら・・・すごいよなあ。
午後は、面接。
教室でやるのかと思ったら、連れていかれたのは体育館。
体育館に面接官の先生方が間隔を空けて横一列に並んでいる。
そこに私たち受験生は縦に並ばされる。
一応「1対1」ではあるけど、隣の列の子の声まる聞こえ。
まるで集団予防接種のような光景で、唖然としました。
私の番になって。
緊張して話したら面接官に
「もっと大きな声で話してくれる?聞こえないんだけど」
と言われてしまいました(゜ー゜;Aアセアセ
これ、落ちるかも・・・と焦った瞬間でした。
結局、合格させていただいたけど、その学校へは行かなかったのですが。
でも入学前は我が母校よりも頻繁に行ってたなあ。今思えば。
可愛いチャペルがあって、そこであった吹奏楽の演奏会やクリスマスのイベントも行ったなあ。
学校見学はみこちゃんと行ったし。それも授業早退できるのが嬉しくて(^m^*ププッ
今思えば、懐かしい思い出です。
長くなってしまいました。ごめんなさいです。
え?「ジェットコースター」の思い出はって?
いつか書きます。優先順位めっちゃくちゃでごめんなさーい!!

