忍者ブログ
平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
[75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

同窓会というほどのものでもないのですが、結果論として素敵な同窓会巡りの一日だったと感じた本日。


まず、テツ子としては、今日乗った電車を記録しておきたい。

・某熱くなるはずの私鉄
・悪の組織ジ・エーハの2線
・東京メトロの某線
・都営地下鉄2線

6種類も電車乗っちゃった!!
結構すごい数だよね?


では、本題。
今日はまず、もっかんず会合がありました。
いつもならもっかんずはもっかんずで集まりますが、今日は第2世代の可愛いふたりのちびっこも参戦。
ちびっこの成長を愛でる会となりました。

主役のふたりは、小さいのに相当の存在感であります。
個性派ぞろいのもっかんずですが、今日私がいた間は、ちびっこの存在感に感服しまくりでした。
ひとりめの主役は、しゃべりの主役Kちゃん。
Kちゃんによると、シンデレラ城には支店がいくつもあり、シンデレラ城なのに白雪姫も住んでいいようです。
Kちゃんはもちろん、シンデレラ城に帰るらしいです。
そして、お電話と保育園ごっこが大好きなようです。
おかたづけは、私より得意です。間違いありません。
何曲か一緒に歌を歌いました。
ポニョも、ミッキーマウス・マーチも歌ったよ。
踊りも披露してくれました。超キュートでした。

ふたりめの主役は、食の主役Mくん。
すさまじき食欲に圧倒されたよ。この私がですよ。
共に烏龍茶を酌み交わし(私のコップから飲んでくれた)、語り合った気分になりました。
みんなのおやつも食べたそうにして、スプーンを自分から迎えに行く貪欲さにあっぱれであります。
大物になっておくれー。


先駆けて生まれたもっかんず次世代に、もうすぐもう一人メンバーが加わる予定です。
楽しみだなー。


名残はとても惜しかったけど、今日はもうひとつ予定が。
みんなとお別れして、合唱団の演奏会へ。
今日は、合唱団で歌ったたくさんの曲の作詞された先生の追悼もあったのでした。
その追悼の一部のラストが、「美しく青きドナウ」。
聴きながら、考えた。

私は、ウィーン少年合唱団に所属していたわけでもないし(少年時代がないので入りたくてもまず入れないが)、ウィーンフィルに所属していたわけでもない。
でも、合唱とオーケストラ、両方を私は演奏していた。
思い返せば、トリッチ・トラッチ・ポルカもそうだ。
ウィーン少年合唱団からウィーンフィルに入った人がいるか知らないけど、たとえ素人合唱団でも、部活のオケ部でも、この両方の演奏を経験した人って、そんなに多くはいないんじゃないか?
さっきまで会ってたもっかんずは、まぎれもなくオケ部の仲間。
そして、ドナウを聴いて、オケ部に入る前に私はこの歌を歌っていたことに気付かされ。

私はなんて、贅沢な経験をしていたんだろう。
そんなことを、ひしひしと感じる。


2部は、私が本当に所属していた、そして今はなくなってしまった合唱団で踏んだ初舞台のミュージカル。
簡単に言っちゃえば、ディズニーの名曲選ですね。
多分あの時私は7歳。
7人の小人の3部合唱で、私はひとりでアルトを歌いました。いわば7人目。
その時、小人役で一緒に歌っていた私の幼馴染Kちゃんは、今は素敵なママです。
その後、Kちゃんのご両親の方針で英才教育を受けるべく合唱団は辞めてしまったのだけど、その時指導のE先生は

「次の主役がいなくなった・・・」

と母につぶやいたそうです(笑)
これ、最近になって判明した事実。
Kちゃん、可愛かったもんなあ。

話を戻します。
その「いわば7人目」を自称する私に、今日ぷちショックが。

小人が6人しかいなかった・・・

団員は、明らかに減ってるもんな。
こんなところにその余波を感じるほろ苦さよ。
でも、間違いなく変わったのは、昔と違ってみんななにかしら役をもらっていること。
保護者事情も、変わっていると感じるほろ苦さよ。

んで、2部は終始、泣いてた私です(笑)
こんなに泣けるのは、やはりここに、自分の思い出が詰まっているからだと思う。



終演後、思わぬ再会が待っていました。
私を招待してくれたゆみっふぃーちゃんに会えれば充分嬉しいと思ってたんだけど。
私と同い年のCちゃんが、ゆみっふぃーちゃんとおしゃべりしていた!
所属は違う合唱団だった。
入った時期も違う。
でも、歌が上手で明るくて、小芝居がうまくて(合宿中の就寝後別室への脱走を試みて先生にばれたときCちゃんの必殺泣き落しで怒りたくて仕方がない先生を許させた)、いわば「先生のお気に入り」で、さみしがり屋のCちゃんと私は、仲良しでした。
だから、すごくうれしかった!
もうすぐ異国に嫁ぐそうです。
そのきっかけまで合唱団だというからびっくりです。詳細は内緒。

そして、ふたりで会場を出たところで、昔から私の憧れだったJちゃんにも再会しました。
ものすごく歌が上手で、優しくて、美人のJちゃんは、私にとって手の届かない存在だと思ってました。
やっぱり所属の合唱団が違ったので、私のことなんか覚えてる訳ないと思ってたのに、覚えててくれて感激です。
妹のことも、ふたりともよーく覚えてて、さらにびっくりすることに、手の届かないはずのJちゃんが

「昔からspiちゃんの方がおっとりしてたお姉ちゃんだったよね」

と私たち姉妹の性格まで忘れていなかったこと!
こんな素敵な人、なかなかいない。
今日会って、やっぱり手の届かない人だと感じたのは、Jちゃんの素敵なお人柄からだと思います。

「春浅い野に立って~」

Jちゃんの歌声を、一生懸命思い出そうとしている私。
小さいころからの憧れは、今日また増しました。



みんな、変わっていってる。
でも、変わらない場所がある。
もっかんずに次世代が増えていってももっかんずはもっかんずだし、合唱団から巣立っていった仲間がそれぞれの道を進んでいく中でも、昔一生懸命歌った曲は変わらずそこにある。

もっかんず、ありがとう。
ゆみっふぃーちゃん、ありがとう。



お財布は質素倹約でも、気持の贅沢は、存分に味わえた一日。



追伸:
今日の「ピエロのトランペット」と「ひとさじのお砂糖」は移調してたよね?
他にもアレンジが変わってるのがちらほらあった気が。
書いて満足。自己満万歳。

拍手

PR

せっかく手元にPCがあるのに、慣れないのもあったり忙しいのもあったりめんどくさいのもあったり(サボりを知った人間はおそろしや)でなかなか更新してませんねえ。
本日は、ふたつ更新する予定です。
どちらもくだらなすぎるかもしれませんので、あんまり期待しないでください。いや期待するほどのものじゃないことくらいわかってるんですが、そう言ってみたいんです。


<金曜日の話>

私、30歳にして





絵を買った。



ちゅうか、買わされた・・・(涙)


その日、いつものとおりおヒョイ先生のところへ行き、その後魔のPへ。
(カード払いで5%引という魔の手に案の定ひっかかる私)
でも今回Pは、よいのです。
問題は、Pを出た後。
最近、画廊ができたのは知ってました。
そこで、女性が絵葉書を配っていました。
と見せかけて、画廊に客を呼びこもうという魂胆。
あれよあれよと私は名前や年齢を書かされ(お姉さんは同い年だと大喜びしているふりを見せた)、とりあえず120万円くらいの版画が並んでいるギャラリーを一回り。

で、黙って帰ればよかったのに。


出入り口そばに、絵の在庫処分セールみたいなところが。
どんな絵があるのか、触ったのがまずかった・・・



そそのかされ、のせられ、おだてられ、おどかされ・・・(脅され、と言いたいけどここは私の意志の弱いところも大いにあるので一応違うってことにします)

買ってしまった。
値段は、漱石さん1名様。
大した額じゃないじゃんと言われそうだが、大した額じゃないからこそ凹む。
(私にとっては漱石氏だって大金だけど、一応世間一般の絵の相場を考えたら安いことくらいはわかる)
最初から向こうは、120万の絵を売るのが目的じゃないのだ。
高価な絵を見せといて、小さな利益を上手いこと取るのが、向こうの魂胆。
それに、完璧にはまった自分に、呆れてものが言えなかった。

かなり凹みモードで帰宅、父に見せたら

「こんなもん買わされたのか!?」


どーん。




<土曜日の話>

母の家出先が、なんと停電だという。
で、お風呂に入りたいと、我が家にやってきた。
前日、絵を買ったことはメールで伝えてあった。
写真も撮って送ったら、横の絵を縦に見間違えて、椅子を鳥居と勘違いされ、さらにぶるーでした。
そんな母に絵を見せる。
そしたら


「あら♪素敵じゃなーい♪♪

 こんな立派な額もついてたの!?額が写ってなかったからわからなかったー♪」



ヾ(〃^∇^)ノ♪




簡単に超上機嫌になる、単純人間な私。
もしかして、絵を見る才能あるのかしらと大いなる勘違いに酔う。
そんな上機嫌で、出勤。

そしたら、メールボックスと兼用のあの下駄箱に

施設長から誕生日プレゼントが。

帰宅して、包みを開いたら



抹茶茶碗




それも、とてもきれいな。
やっぱり父に見せてみる。


「うぉ、すんごいなあ、綺麗じゃないかあ!!!貸してみろー、うわあ、綺麗だなあ」



はい、とっても綺麗で可愛らしい、小さな抹茶碗。
職場でその長から誕生祝いをいただくなんて、人生初。
施設長はプレゼント魔だ。多分。


でも、気になるのが、前日の絵との、父の反応の差。
気になるから聞いてみた。


「だってなあ、きれいなもんはきれいじゃないかあ。

 それにな、押し売りされたもんになんか、おっとうは価値を感じないよ」




非常に手厳しいお言葉に、やっぱりしょぼんな私だったのでした。
全くその通りだものね。
でも、母のおかげで絵も気に入ったので(やっぱり単純)、只今価値がわからないふたつの作品を、たったの2日でふたつも手に入れたという事実だけが残ったのでした。


やっぱりふたつめは更新できないかもー。
今日は早寝しなきゃなのです。

拍手

おひさしぶりの日記でございます。
母の家出先が非常に治安が悪いところらしく、念のためPCは自宅で預かることになりました。
ということで、使い放題はいいんだけど、Vistaの使い方がいまいちわかりましぇーん。


さてさて、久々の日記に何を書こうか迷ったものの、つい先ほどまでアンジェラ・アキさんの「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」のドキュメンタリーを見たりしたので、それをネタに。
アンジェラ・アキさんは30歳の自分に宛てて手紙を書いていたらしい。
そして、合唱コンクールの課題曲に、15歳の自分が未来の自分へ、そして現在の自分が15歳の自分に宛てて手紙を書く、という内容で素敵な曲を作られました。(で合ってる?)


そういや私、最近30になったんだっけ。
じゃあ、書いてみよう。15歳の自分へ。
ここから先は、かなーりの自己満足ワールド全開だと思いますので、暇で暇で仕方ないなら読んでください。
そして、呆れてください。



拝啓・・・なんて固い文体がどう考えても似合わない15歳の私へ。

きっと15歳になりたてだった今頃は、関東大会に向けて必死で練習していたかな?
さっきアンジェラ・アキさんと合唱部員の中学生のドキュメンタリーを見てから、ふと思い立って14歳11か月の私が映っているコンクール千葉県大会のビデオを引っ張り出して、見てみたよ。
今も自分の容姿に自身がない私だけど、今まで生きてきた人生の半分しか経ってない私も、どう見ても田舎のイモ中学生でした・・・ あんまり直視できなかった(笑)そこは全然変わってないよねー。
でもね、今まで生きてきて、あの頃の体験がなければ、少なくとも今の私はない。
正直言って、私はおそらく中学時代は性格悪かったと思う。
思春期で、多感な時期。
悪口も、先生への反発も、いっぱいしたよね。
ちょっと思い出しても、あんまり誉められたもんじゃないなあと振り返ります。
それでも、ひとつのことにあんなに一生懸命になれた時期があった自分を、今でも誇りに思っているよ。

ただ、15歳の私には、その後の15年がjこんなに大変なものになるなんて、全然想像できなかったよね。
自分は順調人生のレールに乗っていると、きっと気づいてはいなかっただろうけどどこかで思っていたはず。
だから、15年経ってこんな風な人生になっちゃったこと、15歳の私にちょっとだけ謝りたい気分。

でもね、謝りたいけど、謝らないよ。
こんな人生は予想だにしなかったことだけれど、それはそれで素敵な人生だと思っているから。


もし、中学に合唱部があったら、私入ってたかな?
もし、合唱部があったとして、私が15歳だったら、アンジェラ・アキさんと共演できなかったら悔しがるかもね(笑)
いや、合唱部なくても悔しがるよね。
でも、こんな歌でコンクールに出られるって、最高だよね。


関東大会の結果は・・・教えなーい。
もうすぐわかるでしょ。
K先生が誰のこと好きなのか、仲間とひそひそ話したことも、懐かしいなあ。
本命と思われたI先輩、仲間のKちゃん、いろいろいたけれど、誰と結婚したかは・・・教えなーい。
12年経ったらわかるから。長い?
ただ、恋心うんぬんじゃなくとも、体育委員だった私が体育の授業を終えて職員室にラジカセを返しに行ったときに、K先生が私の膝についた砂を払ってくれた時は、かなりどぎまぎした記憶があります。


いつかコンクールのビデオ、CDにしたいなと思ってるよ。できるのかわからないけど、思い出の証にしたいの。
こんな思い出を作ってくれて、ありがとう。これから、たくさんの試練を経験することになることは、順風満帆だと思い込んでる15歳の私には想像すらできないだろうけれど、そんな未来も、いろんな人の支えを借りて乗り越えていくからね。
30歳になった私を、応援してください。

じゃね。

敬具・・・がやっぱり似合わない若いころの私へ。


あんちょこ・すぴ

拍手

昨日、誕生日ネタをまだ引っ張って、お赤飯のレシピなど載せようとしたのに、ほとんど書き終えた時点で記事が消えてしまいました・・・
我が家では簡単楽ちんにちゃっちゃと作っちゃいますが、意外と家で作ることって馴染みがなさそうだったので、こんな私でもできるからと思って書いたんだけど・・・
もし、希望があればもう一度書きますね。

他、誕生日当日、自分へのご褒美にエロいグロス(釜飯乙女の会ではグロスはエロいとされていますが、私はどう見てもフェロモンが足りないので、せめて口元だけでもエロくなりたいと思ったのです)を買ったときについでにカウンターで私には手の届かない高級化粧品でフルメイクしてもらい、しかも首筋からこめかみ、肩から背中までマッサージまでしていただいたのに、グロスしか買わなかったこととか書きたかったんだけど。
って、結構書いてますけど・・・(^_^;)
他にもいろいろあるんですが、また時間のあるときに気が向いたら。



さて、本日再びひとりで車を運転しました。
片道10㎞ほど。
事故なく帰ってきましたよ。
用事をすませ、帰りは車内を「ひとりカラオケボックス」に変身させました。
車運転すらおぼつかないんだから、歌わないって決めてたのに・・・
持ち込んだのはちょっと前のaikoのCD。
歌わないって決めてたのに、やっぱりノリノリになり始め・・・

運転しながら、熱唱。

特に盛り上がったのは(ってひとりでね)、「キラキラ」と「雲は白リンゴは赤」。



歌いながら思い出した。
もう6年か7年くらい前に、私は住環境コーディネーターの試験を受けに当時の我が家の車でひとり市役所に行った。
その駐車場で、車体の両側ぼこぼこにした。
そのパニックかはわからないが、試験はなんだかさっぱりわからなかった。
そんな帰り道、私はやっぱりaikoのカセット・・・古い・・・をかけて、がんがん歌って帰った。
半分やけくそだったなあ。
あの時歌ったのは、「愛の病」とか「桜の時」だったっけ。

そして、帰ってから、当然の如く両親に叱られつつ呆れられ(車体を見た両親は相当ショックを受けた)。
その後、難しすぎた建築の公式の問題を、建築士の資格を持った友達にFAXし、ふたりで悩んで悩んだ結果、私はかなり惜しい公式を選んでいた(それは直感でしか答えられなかった。ヤマははずれた。ノーマークの問題だった)けど不正解だったことを知った。

で、不合格。



そんな日を思い出した。
車体をぼこぼこにしないためには、歌わないほうがいいだろうが、少なくともaikoを歌っていた時間はぼこぼこにはしていないと信じている。

でも、もうちょっと運転がうまくなるまで、aikoの持ち込みはやめようかなあ・・・

次機会があったら、ゴンチチにしようかな。これなら歌わないでしょ私でも。多分・・・


ということで、車運転上達へ向け、がんばりまーす。
みんな、乗せてあげるよっ♪
一応断わっておきますが、私は安全運転です。ただちょっとぼーっとしてるので油断ならんのです。

拍手

頼み込んで、2日続けてPCを借りることができました。
実感は湧きませんが、日付変わって今日9月5日に、無事30歳の誕生日を迎えました。
母には「初めての還暦の半分」と言われました(笑)


いったい、どんな未来が待っているんだろう?
30歳にしてかなり幼稚な私は、あまり未来を思い描けません。
でも、希望に満ちたものであることを願おうと思います。


ひとつずつの出来事の
積み重ねが
自信になるんだね


こんな絵葉書を、ずっと前にもらったことがあります。
遠い未来は描けなくても、ひとつひとつ、毎日を大切に生きて、経験を積み重ねて自信をつけていきたいな。
成長は、スモールステップでよいのじゃー。


皆さん、これからも年齢と心の成長が明らかに不一致な未熟者の私ですが、仲良くしてくださいね。
そして最後に、今日同じ誕生日の大切なお友達にも

おめでとう!




さあ、夜が明けたらお赤飯炊くぞーーー!!
小豆はもう煮てあるのだ。

拍手

カウンター
カレンダー
01 2026/02 03
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
プロフィール
HN:
spica
年齢:
47
性別:
女性
誕生日:
1978/09/05
職業:
天使兼業いんちきOT
最新コメント
[07/17 松ちゃん]
[07/10 くじら]
[07/10 D → DHM]
[06/10 づーちー]
[06/08 DHM]
最新トラックバック
おひまつぶし
お時間ある時にでもどうぞ。

by Orfeon
ばなばなばなー
 バナー作ってみました♪
(素材提供ふわふわ。り)                  
バーコード
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]
♥  素材提供:ふわふわ。り