平凡な人間の、平凡じゃない毎日の記録帳
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天高く馬肥ゆる秋!
とはこういう日を言うんだろうな、そんな青空だった本日。
今日は、ものすごい日でした。
久々に一行で、あれこれ書いてみようかな?
本田武久さんのコンサートに行ってきました。
その前に、カレーとチーズとチョコレートが一緒になったホットサンドを食べました。
800円で、サラダと洋風お漬物と紅茶ゼリーとマグカップアイスティーもついてました。
迷子になりました。
「これかな?」と思った建物は県警でした。
迷子だけど聞きませんでした。
あやしすぎる看板を見つけました。
こっちかな、こっちかなと歩くたび、既視感が襲ってきました。
間違いなく、10年前に来たホールでした。
10年前、ここでスーツを着てアシスタントをしました。
初めて行った「学術集会」というものでした。
隣の会場で、脊髄損傷の方のための車運転シュミレーターを体験し、救急車と激突しました。
その日、つっちーと写真を撮りました。
そして、今日のコンサートはO先生が演題発表された会場でした。
てんかんの症例についてだったのを覚えています。
その時とは違ったわくわく感を胸に、階段を昇りました。
会場に間に合わなかったのに、結果的にSS席クラスの陣取りができました。
しょっぱなで泣きそうになりました。
でもひとりじゃなかったので泣きませんでした。そこだけは大人のようです。
じわじわ、じわじわ。
柔らかく伸びる声に、じーん。
美しいピアノの音色に、ため息。
でも、譜面を押さえに行きたかった・・・けど、プロの技を垣間見ました。
「日本語の美しさ」をここまで感じられる機会は、なかなかないと思います。
「日本の歌の美しさ」も、今日しみじみと感じました。
ぜいたくな国に、生まれたようです。それは、物質ではない、ということ。
美人だけどどこか抜けてて天然なはずの友は、コメディエンヌという爪を隠していました。
キムタクはコメディアンだと、昔習いました。一応フランス語1単位持ってます。
あなたどこからそんな声が出るのよ?地下に空気タンクをしまっているんじゃないの?
3曲目はひーひー笑いながら聴きました。笑いすぎて涙が出そうでした。
「もっかんずの芸は面白い」と言ってくれた天国の米粒仲間ちゃんを思い出しました。
胸に風船二つをつけた友を見たら、米粒仲間ちゃんも爆笑してくれると、思いました。
しまいにはおひげが生えました。美女、そこまでやるかいな。
そんなあなたが大好きです。
笑いながら聴いてた様子は、本人にばっちり見られていました。さすがSS席です。
舞台から知人が見える経験。母が舞台上の私に向かってハンカチを振ったあの日を思い出しました。
記念写真は携帯で撮りました。
「人生のまとめ」が「楽しい毎日」という言葉の重み、人間の強さ、いろんなことを考えました。
生まれた瞬間から向かっていくところについて考えました。
そこに行きつくとき、自分は「まとめ」としてどんなことを望むだろう、どんなことをするだろうと考えました。
自暴自棄になったちょっと前の私は、なんて浅はかだったんだろう。
「生き方」がそのまま声に、人柄に、あらゆることに投影されていくことを、しみじみと感じました。
私の「生き方」は他のひとにどう映っているんだろうか。
私の仲間の「人生のまとめ」は、すごくすごく立派だったな。
今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
夕焼けを見ながらひと駅歩きました。
おしゃべりしながら、あったかい時間を過ごしました。
昔の定期券は赤い色鉛筆で下線がひいてあった、なんてどうでもいいことをしゃべりました。
電車通学したくて学校を選んだことを告白しました。
それがあって・・・今日があるのね。
母が「珍しいものがあったら買ってきて」なる難題を出しました。
ごまたまごで応酬しました。
家族そろって、ご飯を食べました。
あくまで自己満足極まりない内容ですが、つらつらと書いてみました。
個人名を堂々出してしまったので、ちょっと勇気が要ったけど。
もしかしたら、そこだけ隠すかも?
今日私と関わってくれた皆様に、感謝します。
命の洗濯。
そして、追憶をたどる日。
そんな日の、備忘録。
とはこういう日を言うんだろうな、そんな青空だった本日。
今日は、ものすごい日でした。
久々に一行で、あれこれ書いてみようかな?
本田武久さんのコンサートに行ってきました。
その前に、カレーとチーズとチョコレートが一緒になったホットサンドを食べました。
800円で、サラダと洋風お漬物と紅茶ゼリーとマグカップアイスティーもついてました。
迷子になりました。
「これかな?」と思った建物は県警でした。
迷子だけど聞きませんでした。
あやしすぎる看板を見つけました。
こっちかな、こっちかなと歩くたび、既視感が襲ってきました。
間違いなく、10年前に来たホールでした。
10年前、ここでスーツを着てアシスタントをしました。
初めて行った「学術集会」というものでした。
隣の会場で、脊髄損傷の方のための車運転シュミレーターを体験し、救急車と激突しました。
その日、つっちーと写真を撮りました。
そして、今日のコンサートはO先生が演題発表された会場でした。
てんかんの症例についてだったのを覚えています。
その時とは違ったわくわく感を胸に、階段を昇りました。
会場に間に合わなかったのに、結果的にSS席クラスの陣取りができました。
しょっぱなで泣きそうになりました。
でもひとりじゃなかったので泣きませんでした。そこだけは大人のようです。
じわじわ、じわじわ。
柔らかく伸びる声に、じーん。
美しいピアノの音色に、ため息。
でも、譜面を押さえに行きたかった・・・けど、プロの技を垣間見ました。
「日本語の美しさ」をここまで感じられる機会は、なかなかないと思います。
「日本の歌の美しさ」も、今日しみじみと感じました。
ぜいたくな国に、生まれたようです。それは、物質ではない、ということ。
美人だけどどこか抜けてて天然なはずの友は、コメディエンヌという爪を隠していました。
キムタクはコメディアンだと、昔習いました。一応フランス語1単位持ってます。
あなたどこからそんな声が出るのよ?地下に空気タンクをしまっているんじゃないの?
3曲目はひーひー笑いながら聴きました。笑いすぎて涙が出そうでした。
「もっかんずの芸は面白い」と言ってくれた天国の米粒仲間ちゃんを思い出しました。
胸に風船二つをつけた友を見たら、米粒仲間ちゃんも爆笑してくれると、思いました。
しまいにはおひげが生えました。美女、そこまでやるかいな。
そんなあなたが大好きです。
笑いながら聴いてた様子は、本人にばっちり見られていました。さすがSS席です。
舞台から知人が見える経験。母が舞台上の私に向かってハンカチを振ったあの日を思い出しました。
記念写真は携帯で撮りました。
「人生のまとめ」が「楽しい毎日」という言葉の重み、人間の強さ、いろんなことを考えました。
生まれた瞬間から向かっていくところについて考えました。
そこに行きつくとき、自分は「まとめ」としてどんなことを望むだろう、どんなことをするだろうと考えました。
自暴自棄になったちょっと前の私は、なんて浅はかだったんだろう。
「生き方」がそのまま声に、人柄に、あらゆることに投影されていくことを、しみじみと感じました。
私の「生き方」は他のひとにどう映っているんだろうか。
私の仲間の「人生のまとめ」は、すごくすごく立派だったな。
今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
夕焼けを見ながらひと駅歩きました。
おしゃべりしながら、あったかい時間を過ごしました。
昔の定期券は赤い色鉛筆で下線がひいてあった、なんてどうでもいいことをしゃべりました。
電車通学したくて学校を選んだことを告白しました。
それがあって・・・今日があるのね。
母が「珍しいものがあったら買ってきて」なる難題を出しました。
ごまたまごで応酬しました。
家族そろって、ご飯を食べました。
あくまで自己満足極まりない内容ですが、つらつらと書いてみました。
個人名を堂々出してしまったので、ちょっと勇気が要ったけど。
もしかしたら、そこだけ隠すかも?
今日私と関わってくれた皆様に、感謝します。
命の洗濯。
そして、追憶をたどる日。
そんな日の、備忘録。
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お洗濯終わるまで、書いておこうかなあ。
なにやらすごいという「ヒートテック」を買ってみました。
母と私、1着ずつ。
なんでも
「体温であっためる」
とか
「暑すぎるくらいあったかい」
とか
いろいろ聞くので・・・
実は私、ほとんど、というかここ数年は全く「ババシャツ」を着ていません。
多分最後に買ったのはそれこそ「ババシャツ」という言葉が流行りのピークだったもう10年以上前。
しかも、買った場所は、相模大野の100均。
結構愛用したかも(笑)
でも、寒がりの癖に汗っかきで、しかもこれからの季節建物の中と外の温度差が激しくて急にあったかいところに入るとすぐ汗をかいちゃう私(体温調節の機能はおそらくぶっ壊れています)は、いいかなあ・・・と。
キャミソールでいいかなあ、と。
でも、なんか・・・ヒートテックが・・・あついみたいで・・・
珍しく、流行に乗りました。
という口実で、母に押しつけました。
絶対風邪ひくな。
風邪厳禁!
いい色もゆずったんだから、ちゃんと着てよ!!
******
朝ドラに、はまってます。
てっぱん、やばい・・・面白すぎ・・・
で、単純家族は「お好み焼き食べたいね」となり。
でも今日は台風。
山芋がなかった。
ということで、レシピ検索したら、主役あかりちゃんの出身広島のお好み焼きのレシピが!
山芋いらないし、できそう♪
ホットプレートを引っ張り出し
出汁に薄力粉とみりんを入れて
もやしとキャベツと豚こまと焼きそば・・・がなかったので生ラーメンで・・・を用意して
チャレンジしたが、それはそれは難しかった・・・
見た目は
ぐちゃぐちゃな野菜炒め
全然丸くない!
積み重なってない!!
切り分けようとすると、さらに崩壊する!!!
浜勝のボン社長のひどいお好み焼き(嗚呼ごめんなさいマニアック)に負けずとも劣らない、見栄えの悪さ。
でも、美味しかったよーん。
でもいつか絶対リベンジします!
ホットプレートの裏面に、なんでも使い始めの日にちを書く母の字で「平成元年2月14日」と書いてありました。
結構な年季ものです。
ホットプレートがやってきたときの感激、なんとなく覚えてるなあ。
綺麗にお手入れしました。リベンジに備えて。
代われるものなら、代わりたい。
そんなもどかしさややるせなさを抱えつつ、「2泊」の夜は過ぎていきます。
ちゃんと眠れてるかな・・・今夜は薬用意しなくていいかな・・・
さ、お洗濯干して、寝るのみ。
台風、無事過ぎてくれますよう。
なにやらすごいという「ヒートテック」を買ってみました。
母と私、1着ずつ。
なんでも
「体温であっためる」
とか
「暑すぎるくらいあったかい」
とか
いろいろ聞くので・・・
実は私、ほとんど、というかここ数年は全く「ババシャツ」を着ていません。
多分最後に買ったのはそれこそ「ババシャツ」という言葉が流行りのピークだったもう10年以上前。
しかも、買った場所は、相模大野の100均。
結構愛用したかも(笑)
でも、寒がりの癖に汗っかきで、しかもこれからの季節建物の中と外の温度差が激しくて急にあったかいところに入るとすぐ汗をかいちゃう私(体温調節の機能はおそらくぶっ壊れています)は、いいかなあ・・・と。
キャミソールでいいかなあ、と。
でも、なんか・・・ヒートテックが・・・あついみたいで・・・
珍しく、流行に乗りました。
という口実で、母に押しつけました。
絶対風邪ひくな。
風邪厳禁!
いい色もゆずったんだから、ちゃんと着てよ!!
******
朝ドラに、はまってます。
てっぱん、やばい・・・面白すぎ・・・
で、単純家族は「お好み焼き食べたいね」となり。
でも今日は台風。
山芋がなかった。
ということで、レシピ検索したら、主役あかりちゃんの出身広島のお好み焼きのレシピが!
山芋いらないし、できそう♪
ホットプレートを引っ張り出し
出汁に薄力粉とみりんを入れて
もやしとキャベツと豚こまと焼きそば・・・がなかったので生ラーメンで・・・を用意して
チャレンジしたが、それはそれは難しかった・・・
見た目は
ぐちゃぐちゃな野菜炒め
全然丸くない!
積み重なってない!!
切り分けようとすると、さらに崩壊する!!!
浜勝のボン社長のひどいお好み焼き(嗚呼ごめんなさいマニアック)に負けずとも劣らない、見栄えの悪さ。
でも、美味しかったよーん。
でもいつか絶対リベンジします!
ホットプレートの裏面に、なんでも使い始めの日にちを書く母の字で「平成元年2月14日」と書いてありました。
結構な年季ものです。
ホットプレートがやってきたときの感激、なんとなく覚えてるなあ。
綺麗にお手入れしました。リベンジに備えて。
代われるものなら、代わりたい。
そんなもどかしさややるせなさを抱えつつ、「2泊」の夜は過ぎていきます。
ちゃんと眠れてるかな・・・今夜は薬用意しなくていいかな・・・
さ、お洗濯干して、寝るのみ。
台風、無事過ぎてくれますよう。
もう10月も終わり…あっという間だ~。
書こうと思っていたビッグイベントのことを、今更ですが書いておきます。
10月2日。
大学時代の友人Yちゃんの結婚式に行ってきましたー!
名古屋まで。
前日(というか当日)興奮して4時半まで眠れなかった大バカ者の私。
(小学生かよっ)
自分が新幹線に乗り、Yちゃんの晴れ姿を見、懐かしい仲間たちと集う。
それがこんなにどきどきわくわくするなんて。
太っちゃったからなあ・・・とか、あれこれ。
でも、直前までひいていた風邪は、ココ若先生に「声をなんとかしてくれ」と懇願したおかげで回復しました。
ココ若先生は、困惑していましたが。
で、ナチュラルハイでまずは東京駅へ。
東京駅でまず、Tちゃんと落ち合う。
・・・つもりが、新幹線の改札はふたつあった・・・
ふたりで電話しながらあわあわし、そしたら明らかにあわてて挙動不審だった私に通りがかりの方がTちゃんがいるっぽい改札を教えてくれ、なんとか会うことができました。
優しき通りがかりの方、お名前は伺えませんでしたが(まあ伺う必要性はなさそうですが)ありがとうございました。
Tちゃんは大荷物の私にびっくり。
私はTちゃんの荷物の少なさにびっくり。
(私は日帰り、Tちゃんは宿泊)
・・・が、どうやら世間の「適正荷物量」基準は私のほうがそぐわないようでした。
ま、よいのです。
うきうきしながら新幹線に乗り、目標「富士山を見る」に備えてデジカメと携帯スタンバイ。
が、富士山見えず。
ドンマイ自分。
Tちゃんとも久々だったので、いろんなことをおしゃべりしてたら、あっという間に名古屋へ到着。
結婚式の1時間前に、みんなで待ち合わせ予定でした。
その更に1時間ほど前に、名古屋着。
そこでTちゃんといったん別れ、単独行動。(Tちゃんは着替えにいきました)
目的「お土産を買う」
職場に散々迷惑をかけてしまったので、ちゃんとしよう・・・と。
それと妹にいろいろお世話になったので、ちゃんとしよう・・・と。
あと家にもたまには、ちゃんとしよう・・・と。
そんくらい、なーのーに。
買い終わった荷物は、超ヘビー。
でも、良い買い物ができました。
でもでも、荷物は超ヘビー。
それから、みんなと合流です。
あらためてメンバー紹介。
年齢を超えて親しくなれた素敵な友人Kさん(社会人入試で入られた元バリバリキャリアウーマン)
在学中から支えてくれたパワフル母ちゃんSち(幸いなことにふたりのちびっこには会えてる~♪)
天然なのかネタ帳持ってるかわからんが発言すべてが笑えてしまう最近人妻になっちゃったSちゃん
書道の達人でトップブリーダーもできないペットの療育をしてしまう心やさしきHちゃん
学籍番号私の前で、私の後ろだった主役Yちゃんと3人いつも仲良く実験していた可愛いママTちゃん
主役のYちゃんは、いつも冷静で、いつも真面目でいるようで視点の独特さが可笑しい、大切な仲間。
以上です。
共通点はおそらく、同じ資格を持ってることと、同じ学校を卒業したことくらい。
私は一緒に卒業していない。
同じサークルにも所属していない。(この中にひとつのサークルから4人いるんだけどね)
出身も、ばらばら。(但し現在千葉県民が私含め3人)
性格も、みんな全然違う~。
でも、同じものを目指しただけで、こんなに仲良くなれるんですね。
今はそれぞれがそれぞれの形で、頑張っている。
感動・・・
が。
私、こんなにいじられるはずじゃなーーーーーーい!!!!!(鼻息荒い)
Tちゃんがびっくりした私の荷物の多さ。
これが、一番だったのかしら・・・
(しかもお土産てんこ盛り)
「なんで?」「なんで?」と笑われ。
Sちゃんに荷物を持った私の記念写真を撮ってもらいました。もうなんだかよくわかりません。
他にも、興奮してすぐ汗をかく私とか、言動すべてに(おそらく)的確なツッコミを誰かしらがしてくれました・・・
振り返れば、ツッコまれて当然のことばかりしていたような気も、しないでは・・・ない?
さて、披露宴は本当に楽しく、素敵なひとときでした。
職場でさんざん「名古屋の結婚式のすごさ」をまくし立てられていて少々緊張しましたが、それは杞憂でした。
が。(また)
デジカメが故障しました・・・
なんて間が悪いんでしょうか・・・
(後日、暗いところでの撮影ができない、つまるところフラッシュなしのカメラ状態だと判明)
披露宴会場が暗くない訳なーい。
新婦にはスポットライトが当たるのに・・・
だめだめ。
せめてお食事は満喫しようと、お魚料理(確か白菜で巻いてあった)にスプーンを思い切り突き刺した瞬間
私の名前が呼ばれた。
スピーチしろ、だって。
ありえなーーーーーーーい・・・・・
だって、大学時代の友人の中で、まぎれもなく私は一番の劣等生。
且つ、結婚式慣れしていない。おそらく私の年齢でこんなに慣れていない人も少ないと思うが。
話術に長けてるとも、到底思えない・・・
もう、勘弁して~となりかけましたが、ここは友人ですから、大雨と暴風で傘が曲がって濡れねずみになったときにバーバリーのポロシャツを貸してくれたYちゃんですから、その友情にはこたえねば、と、なんとなく、しゃべりました。
今振り返っても、あれで良かったのか、謎です。
でもだからといって、前々から考えるよう依頼されても、いい文章なんて作れないよねえ。
とっさだからこそのお祝いを一生懸命言った、と考えよう。
美辞麗句で取り繕うような仲では、ないのだから。
ほんとに、アットホームな素敵な式でしたよ~。
Yちゃんがすっごく綺麗で・・・実習で肩を出すことを拒否しTシャツで通したはずのYちゃんが(すいません、マニアックです)オフショルダーのドレスだったこともびっくりだったけど、とっても綺麗でした。
肩のラインを封印していたのは、この日のためだったのねー。なんて。
(どうも私は肩関係にマニアックです・・・昔のフィギュア日記しかり・・・)
ちょっと、モンゴルのお酒を飲んでみたかったです。えへ。
その後、宿泊組にまぎれて部屋で荷物整理をして送れるものは宅急便で送り
(しかしまだまだ送るべきものはあったと後でまた後悔することになるのですが)
身軽になったはずが
「ほんとに荷物送ったの?」
とツッコまれ(たしかにまだ多かった・・・認めます)
お茶会してから、Kさんとさよなら。
残りはみんな、二次会へ。
がしかーし、名古屋が地元じゃない人間が二次会の会場を見つけ出すことはなかなか困難でした・・・
でも、なんとか時間に間に合い、後は同窓会トーク。
やっぱり感じた。
Yちゃんの結婚、ということで、奇跡のような再会をすることができた。
忘れたいくらい辛かった大学生活だったけど、私はこんなに素敵な仲間たちと出会ってたんだよね。
日本中ばらばらに住んでいても、こうして繋がっている・・・そんなことをひしひしと感じ、Yちゃんに感謝し、みんなに感謝できた日でした。
でも私は日帰りだったので、途中退席。
しようとしたら、なんと名指しで
ブーケをいただいてしまいました♪


綺麗な蘭と、可愛らしい四つ葉のクローバー。
正直、恥ずかしかったですが・・・笑
でも、すごく嬉しかったです。
友達って、やっぱりいいですね。
でも、Yちゃんにまで「大荷物なのに」とか言われた(みんなの前で)私、どうよ。
奇跡のように嬉しい一日が、終わった。
・・・と思ったら、やっぱり「家に着くまでが旅行」でした・・・
ここからは簡潔に書きます。
なんと新幹線にブーケを忘れ(嗚呼ごめんなさい)
総武線に向かう途中の下りエスカレーターに乗った時に気づき
テンパった私は危険を全く予測せずエスカレーター(東京駅の)を逆走
奇跡ですよね・・・冷静さを失う人が起こすミラクル。(通行人がいなかった!)
東京駅の端から端まで走り回って無事ブーケを取り戻し
なんとか終電に飛び込み
乗換駅で乗り換え通路が閉められてるのに気づいて真っ暗の中階段を下り(ものすごい鳥目の私)
なんとかホームにたどり着いたら
お土産を詰め込んだ紙袋の取っ手が切れた。
が、予備の紙袋があった。やっぱり、ミラクル。
よれよれになって帰ってきましたが、そして自分の不注意や思わぬハプニングに動揺しましたが
最高の一日でした。
こんなに楽しい一日を過ごせるなんて・・・ハプニング含め・・・いい思い出です。
写真魔Sちゃんがすぐに焼いてくれた勢揃いの写真には、私がいただいたブーケと同じお花を髪につけたYちゃんが写っています。
ほんとにおめでとう。
そして、ありがとう。
末永くお幸せにね。
お土産のういろう「もみじ」
きれいでしょー。
もう、めっちゃくちゃ美味しかったんだから!
写真および後日談はもしかしたらまた編集するか改めて書くかもしれません。
期待せずにお待ちを。
書いたらなんだか嬉しかった日がよみがえってきて、心地よく眠りにつけそう。
では、おやすみなさい。
書こうと思っていたビッグイベントのことを、今更ですが書いておきます。
10月2日。
大学時代の友人Yちゃんの結婚式に行ってきましたー!
名古屋まで。
前日(というか当日)興奮して4時半まで眠れなかった大バカ者の私。
(小学生かよっ)
自分が新幹線に乗り、Yちゃんの晴れ姿を見、懐かしい仲間たちと集う。
それがこんなにどきどきわくわくするなんて。
太っちゃったからなあ・・・とか、あれこれ。
でも、直前までひいていた風邪は、ココ若先生に「声をなんとかしてくれ」と懇願したおかげで回復しました。
ココ若先生は、困惑していましたが。
で、ナチュラルハイでまずは東京駅へ。
東京駅でまず、Tちゃんと落ち合う。
・・・つもりが、新幹線の改札はふたつあった・・・
ふたりで電話しながらあわあわし、そしたら明らかにあわてて挙動不審だった私に通りがかりの方がTちゃんがいるっぽい改札を教えてくれ、なんとか会うことができました。
優しき通りがかりの方、お名前は伺えませんでしたが(まあ伺う必要性はなさそうですが)ありがとうございました。
Tちゃんは大荷物の私にびっくり。
私はTちゃんの荷物の少なさにびっくり。
(私は日帰り、Tちゃんは宿泊)
・・・が、どうやら世間の「適正荷物量」基準は私のほうがそぐわないようでした。
ま、よいのです。
うきうきしながら新幹線に乗り、目標「富士山を見る」に備えてデジカメと携帯スタンバイ。
が、富士山見えず。
ドンマイ自分。
Tちゃんとも久々だったので、いろんなことをおしゃべりしてたら、あっという間に名古屋へ到着。
結婚式の1時間前に、みんなで待ち合わせ予定でした。
その更に1時間ほど前に、名古屋着。
そこでTちゃんといったん別れ、単独行動。(Tちゃんは着替えにいきました)
目的「お土産を買う」
職場に散々迷惑をかけてしまったので、ちゃんとしよう・・・と。
それと妹にいろいろお世話になったので、ちゃんとしよう・・・と。
あと家にもたまには、ちゃんとしよう・・・と。
そんくらい、なーのーに。
買い終わった荷物は、超ヘビー。
でも、良い買い物ができました。
でもでも、荷物は超ヘビー。
それから、みんなと合流です。
あらためてメンバー紹介。
年齢を超えて親しくなれた素敵な友人Kさん(社会人入試で入られた元バリバリキャリアウーマン)
在学中から支えてくれたパワフル母ちゃんSち(幸いなことにふたりのちびっこには会えてる~♪)
天然なのかネタ帳持ってるかわからんが発言すべてが笑えてしまう最近人妻になっちゃったSちゃん
書道の達人でトップブリーダーもできないペットの療育をしてしまう心やさしきHちゃん
学籍番号私の前で、私の後ろだった主役Yちゃんと3人いつも仲良く実験していた可愛いママTちゃん
主役のYちゃんは、いつも冷静で、いつも真面目でいるようで視点の独特さが可笑しい、大切な仲間。
以上です。
共通点はおそらく、同じ資格を持ってることと、同じ学校を卒業したことくらい。
私は一緒に卒業していない。
同じサークルにも所属していない。(この中にひとつのサークルから4人いるんだけどね)
出身も、ばらばら。(但し現在千葉県民が私含め3人)
性格も、みんな全然違う~。
でも、同じものを目指しただけで、こんなに仲良くなれるんですね。
今はそれぞれがそれぞれの形で、頑張っている。
感動・・・
が。
私、こんなにいじられるはずじゃなーーーーーーい!!!!!(鼻息荒い)
Tちゃんがびっくりした私の荷物の多さ。
これが、一番だったのかしら・・・
(しかもお土産てんこ盛り)
「なんで?」「なんで?」と笑われ。
Sちゃんに荷物を持った私の記念写真を撮ってもらいました。もうなんだかよくわかりません。
他にも、興奮してすぐ汗をかく私とか、言動すべてに(おそらく)的確なツッコミを誰かしらがしてくれました・・・
振り返れば、ツッコまれて当然のことばかりしていたような気も、しないでは・・・ない?
さて、披露宴は本当に楽しく、素敵なひとときでした。
職場でさんざん「名古屋の結婚式のすごさ」をまくし立てられていて少々緊張しましたが、それは杞憂でした。
が。(また)
デジカメが故障しました・・・
なんて間が悪いんでしょうか・・・
(後日、暗いところでの撮影ができない、つまるところフラッシュなしのカメラ状態だと判明)
披露宴会場が暗くない訳なーい。
新婦にはスポットライトが当たるのに・・・
だめだめ。
せめてお食事は満喫しようと、お魚料理(確か白菜で巻いてあった)にスプーンを思い切り突き刺した瞬間
私の名前が呼ばれた。
スピーチしろ、だって。
ありえなーーーーーーーい・・・・・
だって、大学時代の友人の中で、まぎれもなく私は一番の劣等生。
且つ、結婚式慣れしていない。おそらく私の年齢でこんなに慣れていない人も少ないと思うが。
話術に長けてるとも、到底思えない・・・
もう、勘弁して~となりかけましたが、ここは友人ですから、大雨と暴風で傘が曲がって濡れねずみになったときにバーバリーのポロシャツを貸してくれたYちゃんですから、その友情にはこたえねば、と、なんとなく、しゃべりました。
今振り返っても、あれで良かったのか、謎です。
でもだからといって、前々から考えるよう依頼されても、いい文章なんて作れないよねえ。
とっさだからこそのお祝いを一生懸命言った、と考えよう。
美辞麗句で取り繕うような仲では、ないのだから。
ほんとに、アットホームな素敵な式でしたよ~。
Yちゃんがすっごく綺麗で・・・実習で肩を出すことを拒否しTシャツで通したはずのYちゃんが(すいません、マニアックです)オフショルダーのドレスだったこともびっくりだったけど、とっても綺麗でした。
肩のラインを封印していたのは、この日のためだったのねー。なんて。
(どうも私は肩関係にマニアックです・・・昔のフィギュア日記しかり・・・)
ちょっと、モンゴルのお酒を飲んでみたかったです。えへ。
その後、宿泊組にまぎれて部屋で荷物整理をして送れるものは宅急便で送り
(しかしまだまだ送るべきものはあったと後でまた後悔することになるのですが)
身軽になったはずが
「ほんとに荷物送ったの?」
とツッコまれ(たしかにまだ多かった・・・認めます)
お茶会してから、Kさんとさよなら。
残りはみんな、二次会へ。
がしかーし、名古屋が地元じゃない人間が二次会の会場を見つけ出すことはなかなか困難でした・・・
でも、なんとか時間に間に合い、後は同窓会トーク。
やっぱり感じた。
Yちゃんの結婚、ということで、奇跡のような再会をすることができた。
忘れたいくらい辛かった大学生活だったけど、私はこんなに素敵な仲間たちと出会ってたんだよね。
日本中ばらばらに住んでいても、こうして繋がっている・・・そんなことをひしひしと感じ、Yちゃんに感謝し、みんなに感謝できた日でした。
でも私は日帰りだったので、途中退席。
しようとしたら、なんと名指しで
ブーケをいただいてしまいました♪
綺麗な蘭と、可愛らしい四つ葉のクローバー。
正直、恥ずかしかったですが・・・笑
でも、すごく嬉しかったです。
友達って、やっぱりいいですね。
でも、Yちゃんにまで「大荷物なのに」とか言われた(みんなの前で)私、どうよ。
奇跡のように嬉しい一日が、終わった。
・・・と思ったら、やっぱり「家に着くまでが旅行」でした・・・
ここからは簡潔に書きます。
なんと新幹線にブーケを忘れ(嗚呼ごめんなさい)
総武線に向かう途中の下りエスカレーターに乗った時に気づき
テンパった私は危険を全く予測せずエスカレーター(東京駅の)を逆走
奇跡ですよね・・・冷静さを失う人が起こすミラクル。(通行人がいなかった!)
東京駅の端から端まで走り回って無事ブーケを取り戻し
なんとか終電に飛び込み
乗換駅で乗り換え通路が閉められてるのに気づいて真っ暗の中階段を下り(ものすごい鳥目の私)
なんとかホームにたどり着いたら
お土産を詰め込んだ紙袋の取っ手が切れた。
が、予備の紙袋があった。やっぱり、ミラクル。
よれよれになって帰ってきましたが、そして自分の不注意や思わぬハプニングに動揺しましたが
最高の一日でした。
こんなに楽しい一日を過ごせるなんて・・・ハプニング含め・・・いい思い出です。
写真魔Sちゃんがすぐに焼いてくれた勢揃いの写真には、私がいただいたブーケと同じお花を髪につけたYちゃんが写っています。
ほんとにおめでとう。
そして、ありがとう。
末永くお幸せにね。
きれいでしょー。
もう、めっちゃくちゃ美味しかったんだから!
写真および後日談はもしかしたらまた編集するか改めて書くかもしれません。
期待せずにお待ちを。
書いたらなんだか嬉しかった日がよみがえってきて、心地よく眠りにつけそう。
では、おやすみなさい。
今日から始まった、「獣医ドリトル」を観ました。
最近朝ドラと大河しか見てない私が、珍しく。
まあ内容はどうでもいいんですが(いや、面白いし、よさそうですよ)
今日おそらくゲストで出てた子役の男の子を見てたら、芋づるのように思い出がするする出てきた。
不登校で、実のお母さんじゃない母親と同居していて、ペットの猫を大切にするけなげでちょっとはかなげな男の子。
あれ?
誰かに似てる・・・
いや、この境遇の誰か、じゃなくてこの境遇を演じるようなタイプの誰か・・・
誰だっけ?
誰かを思い出したことは後に置いといて、同時に思い出した「我が家のおかき」のことを。
おかきって、家で作りますか?
昔、我が家では毎年2月から3月ごろ、母が揚げてくれました。
材料は、お正月のおもちのあまりです。鏡餅とか。
それをひたすら干して、干からびたのを揚げて塩を振ったらできあがり。
・・・いつちぎるのか、それとも自然に細かく割れるのか、イマイチ思い出せないのですが。
今は個包装のが売っているけど、昔は切りもちの保存は難しかった。
(年がばれる?)
それに、新潟の親戚と近所のいとこの家からたっぷりと板にしたおもちをいただいてました。
お正月とはカビとの闘いを意味するものでもありました。
それを、冬の空気に散々さらして、美味しくいただく。
先人の知恵を、母はちゃんと知っていたみたいです。
高校までは間違いなく我が家では作ってたな。
なぜかというと、もっかんずにやたらウケた記憶がしっかり残っているからです。
「もっと持ってきて」と催促する仲間もいたっけ。
それくらい、美味しかった。
おそらく消えてしまうであろう、我が家の歴史。
いや、消したくないなあ、まだおもちの季節には早いけど、今度自分で作ってみようかなあとも思ったり。
話を戻します。
思い出しました。
たしか小学2年まで同級生だった、こうちゃんでした。
こうちゃんは不登校じゃなかったし、元気で優しいごくごく普通の男の子だったんだけど。
背が小さくて、女の子みたいにくりくりとした目が可愛い子。
確か2月生まれで、サワダくんと同じ誕生日(嗚呼どうでもいい・・・)
私の小学校の出席番号は誕生日順で、サワダくんが先でこうちゃんが後でした。
どうでもいいところで細かいところが気になる私(だから細かすぎて伝わらないものまね選手権は大好き)は、なんでそんな順番になったか問い詰めた。
そしたらこうちゃんは「生まれた時間が僕の方が遅かったんだよ」と言った。
それを信じていたら(こうちゃんも信じていたと思うけど・・・)小学5年の時私自身が同じ誕生日の子と同じクラスになり、順番が後になった。そしたら私の方が誕生した時間はずっと早かった。どうやらあいうえお順になるらしいことが判明し、ちょっとがっかりしたり。あーどうでもよすぎる~。
さて、そのサワダくんと同じ誕生日のこうちゃんは、本当に可愛くて優しい男の子で、愛されキャラ的人気者でした。
なぜか私も、時々遊びました。だいたいは同じクラスのMちゃんも一緒に。
(このブログを読んでくださる方にMちゃんを知っている人、多分いると思います・・・だから伏字にしちゃった)
仲良くできることがなんだか嬉しくて、恋心とは別次元でああ、こうちゃん可愛い、好きだなあなんて、ね。
そのこうちゃんが、転校すると。
すごく、さみしかった。
それで、最後に一緒に遊んだのが、我が家でふたりで、だったのです。
ふたりで、といっても我が家には母も妹もおじいちゃんもいたけどね。
そして、最後だなと思ったのかこうちゃんは母に挨拶し、
母は「さみしいわねえ、こうちゃん元気でね」と言って
ビニール袋にたっぷりと、手製のおかきを入れてプレゼント。
ついでにみかんも、プレゼント。(これは静岡の親戚から送ってきたものと思われる)
母からの、お餞別でした。
たまたまあったから、であり、たまたま転校の季節と我が家のおかきシーズンが重なったからであるのだけど、鮮明に覚えていた、あのお餞別。
その後こうちゃんの丁寧な字の葉書が届いて(多分引っ越し通知だったと思う)
そこに
「おかきとってもおいしかったよ」
と書かれていたのでした。
そんなことがあったから、余計に覚えてるのかな?
その後一度も会ってませんが・・・
実は、ブラウン管の向こうで、再会したのです。
こうちゃんは、子役タレントになっていました。
私が観たのは、病院に入院しているパジャマ姿の少年役のこうちゃん。
相変わらず可愛くて、でも確かにちょっぴり病弱そうに見えて(可愛らしさがかよわさに見えたのかも)、いじらしいこうちゃんが、テレビの向こうで一生懸命演技をしていました。
びっくりだよねえ。
でも、更にびっくりしたのが、小学6年の時点でMちゃんがまだこうちゃんと文通していたという事実・・・
おそらく、幼心にふたりは両思いだったのだと。
ちらっと見たこうちゃんの手紙(当然ながら中身は見せてもらえなかったよ)は、相変わらず丁寧な文字で、光GENJIの封筒に入っていました。
(年を感じさせる?ええいいですよ)
こうちゃん、今どうしてるのかな・・・
おそらく、俳優の仕事はしてないと思います。見かけないし。
私と同い年で、同じクラスで仲がよかった男の子がテレビに出てたというミラクル(少なくとも幼い私にとっては)。
そんな時期を通過して、果たしてどんな大人になっているのか、気になるところですが、思い出にそっとしまっておけば、いいのかな。
そんなことを、今日の子役くんから思い出したのでした。
こうちゃんよりちょっとぽっちゃりしてたけど、雰囲気が似てたんだよな・・・
そしたら、思い出温泉どっぷりでした。
・・・やっぱり、おかき作ってみよう。うん、きっとやってみればできるさー。
最近朝ドラと大河しか見てない私が、珍しく。
まあ内容はどうでもいいんですが(いや、面白いし、よさそうですよ)
今日おそらくゲストで出てた子役の男の子を見てたら、芋づるのように思い出がするする出てきた。
不登校で、実のお母さんじゃない母親と同居していて、ペットの猫を大切にするけなげでちょっとはかなげな男の子。
あれ?
誰かに似てる・・・
いや、この境遇の誰か、じゃなくてこの境遇を演じるようなタイプの誰か・・・
誰だっけ?
誰かを思い出したことは後に置いといて、同時に思い出した「我が家のおかき」のことを。
おかきって、家で作りますか?
昔、我が家では毎年2月から3月ごろ、母が揚げてくれました。
材料は、お正月のおもちのあまりです。鏡餅とか。
それをひたすら干して、干からびたのを揚げて塩を振ったらできあがり。
・・・いつちぎるのか、それとも自然に細かく割れるのか、イマイチ思い出せないのですが。
今は個包装のが売っているけど、昔は切りもちの保存は難しかった。
(年がばれる?)
それに、新潟の親戚と近所のいとこの家からたっぷりと板にしたおもちをいただいてました。
お正月とはカビとの闘いを意味するものでもありました。
それを、冬の空気に散々さらして、美味しくいただく。
先人の知恵を、母はちゃんと知っていたみたいです。
高校までは間違いなく我が家では作ってたな。
なぜかというと、もっかんずにやたらウケた記憶がしっかり残っているからです。
「もっと持ってきて」と催促する仲間もいたっけ。
それくらい、美味しかった。
おそらく消えてしまうであろう、我が家の歴史。
いや、消したくないなあ、まだおもちの季節には早いけど、今度自分で作ってみようかなあとも思ったり。
話を戻します。
思い出しました。
たしか小学2年まで同級生だった、こうちゃんでした。
こうちゃんは不登校じゃなかったし、元気で優しいごくごく普通の男の子だったんだけど。
背が小さくて、女の子みたいにくりくりとした目が可愛い子。
確か2月生まれで、サワダくんと同じ誕生日(嗚呼どうでもいい・・・)
私の小学校の出席番号は誕生日順で、サワダくんが先でこうちゃんが後でした。
どうでもいいところで細かいところが気になる私(だから細かすぎて伝わらないものまね選手権は大好き)は、なんでそんな順番になったか問い詰めた。
そしたらこうちゃんは「生まれた時間が僕の方が遅かったんだよ」と言った。
それを信じていたら(こうちゃんも信じていたと思うけど・・・)小学5年の時私自身が同じ誕生日の子と同じクラスになり、順番が後になった。そしたら私の方が誕生した時間はずっと早かった。どうやらあいうえお順になるらしいことが判明し、ちょっとがっかりしたり。あーどうでもよすぎる~。
さて、そのサワダくんと同じ誕生日のこうちゃんは、本当に可愛くて優しい男の子で、愛されキャラ的人気者でした。
なぜか私も、時々遊びました。だいたいは同じクラスのMちゃんも一緒に。
(このブログを読んでくださる方にMちゃんを知っている人、多分いると思います・・・だから伏字にしちゃった)
仲良くできることがなんだか嬉しくて、恋心とは別次元でああ、こうちゃん可愛い、好きだなあなんて、ね。
そのこうちゃんが、転校すると。
すごく、さみしかった。
それで、最後に一緒に遊んだのが、我が家でふたりで、だったのです。
ふたりで、といっても我が家には母も妹もおじいちゃんもいたけどね。
そして、最後だなと思ったのかこうちゃんは母に挨拶し、
母は「さみしいわねえ、こうちゃん元気でね」と言って
ビニール袋にたっぷりと、手製のおかきを入れてプレゼント。
ついでにみかんも、プレゼント。(これは静岡の親戚から送ってきたものと思われる)
母からの、お餞別でした。
たまたまあったから、であり、たまたま転校の季節と我が家のおかきシーズンが重なったからであるのだけど、鮮明に覚えていた、あのお餞別。
その後こうちゃんの丁寧な字の葉書が届いて(多分引っ越し通知だったと思う)
そこに
「おかきとってもおいしかったよ」
と書かれていたのでした。
そんなことがあったから、余計に覚えてるのかな?
その後一度も会ってませんが・・・
実は、ブラウン管の向こうで、再会したのです。
こうちゃんは、子役タレントになっていました。
私が観たのは、病院に入院しているパジャマ姿の少年役のこうちゃん。
相変わらず可愛くて、でも確かにちょっぴり病弱そうに見えて(可愛らしさがかよわさに見えたのかも)、いじらしいこうちゃんが、テレビの向こうで一生懸命演技をしていました。
びっくりだよねえ。
でも、更にびっくりしたのが、小学6年の時点でMちゃんがまだこうちゃんと文通していたという事実・・・
おそらく、幼心にふたりは両思いだったのだと。
ちらっと見たこうちゃんの手紙(当然ながら中身は見せてもらえなかったよ)は、相変わらず丁寧な文字で、光GENJIの封筒に入っていました。
(年を感じさせる?ええいいですよ)
こうちゃん、今どうしてるのかな・・・
おそらく、俳優の仕事はしてないと思います。見かけないし。
私と同い年で、同じクラスで仲がよかった男の子がテレビに出てたというミラクル(少なくとも幼い私にとっては)。
そんな時期を通過して、果たしてどんな大人になっているのか、気になるところですが、思い出にそっとしまっておけば、いいのかな。
そんなことを、今日の子役くんから思い出したのでした。
こうちゃんよりちょっとぽっちゃりしてたけど、雰囲気が似てたんだよな・・・
そしたら、思い出温泉どっぷりでした。
・・・やっぱり、おかき作ってみよう。うん、きっとやってみればできるさー。

